2005-09-01から1ヶ月間の記事一覧

埋葬 棺桶を担ぐ数人の男たちの黒服が道をわたっていく。ひとりは帽子を胸に当て片手で棺を支えている。そのせいか全体のバランスが悪く何度も立ち止まっては体勢を立て直す。けれど男は片手で持つのをやめない。しまいに帽子を落とした男が拾おうと腰をかが…

短歌日記

こちらでですでに公開審査も始まっている第4回歌葉新人賞。ネット上で公募される短歌の新人賞です。歌人の荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘の三氏が審査員。10月には最終審査が公開の会場で行われ受賞作が決定します。 一昨年、昨年につづき今年も候補に残ること…

リスト 屋根から急に靴が降ってくるとしたら、それは屋根の上で裸足になった者がいるということだ。ぼくにはわかる。 靴底には簡単な手紙が一通入っている。今すぐ食べたいもののリストが添えられて。 返事と、スナックや缶詰の山ほど詰まった紙袋を託して弟…

黒い道 喉元をおさえつける指に力がこもると、堰き止められた血管の先が空虚な黒い道に覆われていくのを私は感じた。 そして朝。いつものようにカーテンの穴という穴から漏れる光。牛乳を注ぎいれたコップがテーブルに置かれ、ちいさな羽のある生物がひとつ…

ピクニック帰り まがりくねった道を川沿いに下ってきた。太陽が水しぶきを跳ねあげて何度も川面に身を投げる。そのたびぼくは目覚めて自分が道の途中にいるのを気づく。 「家族が出払ってしまった家の寝室で、目覚まし時計のベルが誰にも止められない」 とい…

w.c. 屋根の上を裸足で歩く弁護団から今夜の代表として一人、ぶら下がってくる。傘の柄を雨樋に引っかけてご苦労にも土砂降りの中を。 読み終えた新聞をぼくはどこかそのへんに放り投げた。パズルをぶちまけたように散らばる文字。 トイレから戻ったぼくが…

頭痛専用 密造された道路はいつもは湖の水草の下にかくしている。頭痛のひどすぎる晩にだけ運ばれてきて気が済むまで私の散歩道になる。 借りもの 知らない土地を夢で見るために枕にした枕木を、始発が走るまでに起きて線路の元あった場所までもどしてくる。…

不適切な映像 腋毛をはやしていて美大生で裸のモデルもやります。みたいな顔で待ち合わせの場所に立っていた女に早口で挨拶すると私は刷り立ての名刺を一枚渡した。 「すっごい文字ですねこれは。鏡文字にしか見えないです」 女はさっき私が電車の中で思いつ…

ノック 踏み外されたあとも階段は二階へとつづいていった。 悪い母親はぶざまにひとり一階へ転げ落ちていった。 二階へたどり着くと階段は、まっすぐに廊下を進んでぼくの部屋の前に立つ。 ラジオの音量を下げてぼくは耳をそばだてた。 階段はドアの外でまだ…

思い出の一例 屋根のうえで赤いランプがぴかぴか回りつづけるお部屋だった。 素肌に包帯だけ身につけてる友だちが、夜の静けさにまぎれてよく眠ってる。 きみのにおいにいかれちゃった犬がよだれ垂らしてしっぽ振りながらついてきた。 夜の半分が終って。 猛…

兄 「あの雲をよく見て」と妹が言った。「パパのしかめっ面に似てると思わない?」 窓に夕陽が当たり、目の中にオレンジ色の光が吸い込まれてくる。 「ハンバーガーはいつからこんな値段なんだい?」ぼくは訊ねた。「釣銭を見てびっくりしたよ」 「さあね。…

ハンバーグ・ハンバーグ 警官は指がほころぶほど強く握り返した右手で俺の組織に侵入し、裏返りながらすっかり溶け込んでしまうと制服と制帽が太陽の照りつけるコンクリートに転がった。 「こいつを便所に捨ててきてくれ。中身は見るなよ」 そう鳩の言葉で鳩…

ある交通網 どうにもなんないけど、寝るよ。そう云って彼は眠りに落ちた。 八時間後に演奏されるアラームは、星のまたたきを秒針でかきまぜた響きをしている。半死人を叩き起こすにはもう少し耳に刺々しさが欲しい。これではいっそうぐっすり寝入ってしまい…

memo

たとえば私にとって私とは家のようなものです。 それは「入ることができない家」でもあるし「出ることができない家」でもあります。 私が私の手のひらを眺めているとき、私は眺めている手のひらの皮膚の外側にいます。 私が私の手のひらにペン先を突き立てて…

天使の誘惑 部屋の真ん中で死んでいる昆虫をぼくは生活のへそと名づけた。動かさないように気をつけて翌朝をむかえると、壁の借金メーターが500をさしている。昨日は300をちょっと越えるくらいだったのに。 首をくくるか就職するかでぼくは揺れ動いた。犬と…

人間には表紙しかない 君の顎にナイフを入れて何枚も何枚もめくった顔のどこまでが顔だろう? 腹で降る雨 赤いレインコートから手だけがのびていて誰も着ていない。手は傘を握っていた。傘は霧雨に吊り下げられたように浮かんでいた。 積み木塔 エレベーター…

円盤からアジビラ きみがいつもより正気なのは黒いカプセルのせいじゃなく、きみが正気に見えるくらいぼくの頭にアジビラが降るからだ。 つくりかたを知らないぼくらが黒いカプセルを買うために、あんなイヤなこと、そんなツライことをしてまでこの世で金を…

ひまわり 仕事もないのにこんないい天気だ。 いい天気だからって、どこに出かけるにも金はいるのだ。 たとえ金はいらなくても気力が少しいる。 金がないので気力が出ない私は、このいい天気を、カーテンで半分隠れた網戸の窓越しに寝たまま見あげる。 ひこう…