ルールはめぐる

 図書館へ行ったが何も借りてくるのをやめた。すでに借りて途中まで読んでいる『小説修業』(小島信夫保坂和志)が読み終わらなくなるような気がしたから。
 今私は「図書館で本をたくさん借りていると結局どれも読まずに終る」というルールの世界に入り込んでいると思う。「図書館で本をたくさん借りたほうが全体の重みで何冊かは読める」というルールや「図書館で本をたくさん借りれば借りただけ全部読める」というルールの世界もあってそれらは不定期に入れ替わっている。入れ替わったことに気づかず惰性で前の世界のルールのつもりでやっているとどんどん状況が悪化していく。だいぶ最悪に近づいてきたのでようやく気がついて新しいルール(とはいえかつて経験したことのあるルールだが、もう体も頭もよく覚えていない)に対応しようと今は手さぐり状態。
 ブックオフ多和田葉子犬婿入り』とブローティガン『愛のゆくえ』を買った(買うのと借りるのは別腹なのでルール的には問題ない)。『犬婿入り』は表題作は既読だけど「ペルソナ」はたぶん読んでないし、今日返して来た「群像」で評論家の田中和生多和田葉子を論じている文章を読み、またそこに引用されている多和田の文章を読んで多和田の本を手元に常備したいと思った。今までは感染力の強すぎる文体だと思ってやや敬遠してきたのだが、感染してしまいそうなのとは違う方向から何だか読めそうな気がしてきた。あるいは免疫力がついたのか。ブローティガンも常備用。『アメリカの鱒釣り』は読んだけど『西瓜糖の日々』は何度借りてきても読めなくて、それは『アメリカの鱒釣り』は魅力的だったけど同時にあっというまに「もうわかった」気がしてしまうところがブローティガンにはあると感じてしまい(やはり一冊しか読んでない高橋源一郎に見られる「影響」がブローティガンを私に狭く見せるところがある)、そこを克服しないとふたたび読むことが出来ないかもしれないので、克服用につねに家に置いておく必要を感じた。そして『西瓜糖の日々』はブックオフにないのでこれを買ってきた次第。