埋葬

 棺桶を担ぐ数人の男たちの黒服が道をわたっていく。ひとりは帽子を胸に当て片手で棺を支えている。そのせいか全体のバランスが悪く何度も立ち止まっては体勢を立て直す。けれど男は片手で持つのをやめない。しまいに帽子を落とした男が拾おうと腰をかがめると、傾いた棺が彼の背中を襲う。「雨が落ちてきたぞ!」叫んだ男は死の重みの下敷きになりながら空を見る。「墓穴が池になるぞ!」彼が立ち上がるのを待つあいだ棺は路面に置かれる。クラクション。男たちがいっせいに顔をあげる。すべての顔に目鼻がなく、かわりに「へのへのもへじ」があるのを見てドライバーはタイヤを軋ませて車をUターンさせる。男たちはふたたび棺桶を担ぎ上げ、道をわたりはじめる。目の前にひろがる墓地。墓地の先にひろがる田園。
 ぼくは森の中を勘をたよりに歩く。遠くに木々がひらけた場所が見え、近づくと田園地帯が森の先を引き継いでいる。ぼくは生物の肛門からひり出されたように森を抜け、まぶしい光に手をかざして歩きつづける。あぜ道の果てはぼんやりと空気がかすんでよく見えない。天と地が接することなくすれちがっているように見える。
 男たちは墓標の合間を縫って行く。雨はしだいに強く男たちの黒服や、担がれた棺の蓋を濡らしていく。先頭の男が指さした方向へ進路を変える。めざす墓穴が見えてくる。「やれやれ、肩の荷が下りるぞ!」帽子を胸にあてた男が叫ぶが、誰も返事をしない。「へのへのもへじ」の顔をまっすぐ前に向けて歩調は変らない。墓穴のかたわらに棺をおろすと、白木の表面に雨がしみこんで変色している。帽子を胸に当てた男がひざまずき、棺の蓋にある小窓に手をかける。「何てこった」べつの男がつぶやく。「そうじゃないかと思ったよ」さらにべつの男が付け加える。ほかの男は腕組みして棺を見下ろしている。開かれた小窓から雨が内部に降り注ぐ。雨粒を浴びているはずの死者の顔はそこに見当たらない。棺の中はからっぽである。
 ふと雨が上がり、にわかに雲が切れて空に日ざしがあらわれる。濡れた墓標がきらきら輝く墓地の通路へ、ようやく田園を抜けてたどり着いたばかりのぼくが姿を見せる。男たちは顔を上げ、いっせいにぼくの方を見る。ぼくは男たちの顔を見て一瞬ひるむが、気を取り直して笑顔をつくり、片手をあげて愛想よく近づいていく。男たちの一人が仲間に何か耳打ちしている。声はまるで聞き取れない。静まり返った墓地に足跡だけが響く。ぼくは少し不安を感じながら、男たちのもとへと接近する。不安はしだいに大きくなりながら、なぜかそうすべきなのだと固く信じている。