東京タワーにからみついた階段が少しほどけて、垂れ下がった先っぽが地面に叩きつけられる。バラバラに分解した踏み板がはねかえって走行中の車に接触、車は傷ついてガソリン臭い血を流している。
 ぼくたちは遥か上の階段からそれを見おろす。ずるずると蛇のようにタワーの頂点をめざして這う階段の先端にぼくたちはいて、展望台の中で騒ぎ立てる観光客とガラス越しに目が合う。興味本位の視線と指さしを浴びて彼女はすっかり不機嫌になっている。「今日のことはテレビで流されるわ。きっと実名でよ!」そして両手で顔を覆って嘆く。「みっともなくて会社に行けない」
「君ならフリーだってやっていけるさ」ぼくは出まかせを云って彼女をなぐさめる。「いい潮時ってもんだよ」だが風が強すぎるので、ぼくの小さな声では彼女の耳に届かない。彼女はうなずきもせず黙って空を睨んでいる。