当選

 くちびるが「ふ」のかたちになった女の子が流しの下からあらわれてぼくに銃をつきつけた。
「あなたが最後に踏んづけたアリが当たりくじだったのよ」女の子はそう云って銃をもたないほうの手で髪をかき上げた。「だから連行するわね。拒否する権利はないと思って」
 流しの下には路面電車を思わせるデザインの乗物がとまっていた。ぼくは銃口にうながされるまま席につき、ドアが閉じてしまうのを心細く眺めた。
 窓の景色はめまぐるしく変った。ぼくは驚きのあまり声も出ない。時計の文字盤によく似た町並みから、辞書の索引のような田園地帯へ。雨雲から垂れ下がった塔の足もとに寄せたところで乗物は動きを止めた。「さっさと降りてちょうだい。もたもたしてるとドタマにぶち込むわよ」
 地面に降り立ってふりかえるとドアが閉まり、中で女の子が手を振っている。銃口からカラフルな万国旗が飛び出していた。「だ・い・せ・い・こ・う」女の子のくちびるがそう動いたように見えた。そびえたつ塔からはこまぎれになった音楽がきらきらとふりそそいでいる。乗物が塔のまわりを大きくめぐりながらやがて雨雲に消えた。
「腹黒い女の妄想へようこそ」
 ヴァイオリンで弾いたような声が近くでした。ぼくは周囲の丈高い雑草や、ちらばっている紙くずをどかしてみたけれど誰もいない。紙くずにはアラビア数字と拇印が規則正しく、漢字とひらがなのように並んでいる。声は今度は頭の中から聞こえた。「きみはあの女に好きなように想像されているんだ。これからもっとひどい目に合うところをね」
 ぼくがいきなり自分の髪の毛に手を突っ込むと、ぎゃっという声がして真っ黒な猫が頭を蹴って飛び出してくる。
 猫は地面に降り立って、ボーリングのピンの姿勢でこちらを見上げる。近くにあった石ころを振り上げてみせるとあわてて茂みの中に飛び込んでしまった。まだ何か言いたげに首を覗かせるので、石を投げつけたらぐしゃり、と音がして猫は、猫の首と胴と手足のかたちの紙くずに分かれて地面に散らかった。ぼくがひとつを手にとってひろげたところ「はずれ」と書いてあり、拾い上げた紙くずは一枚残らずみな「はずれ」だった。
 塔の入口のドアがまるでドアではなく、ドア以外のすべてのものが引きずられているようなひどい軋みをあげて開きかけている。ここで云う「すべてのもの」にはもちろんぼく自身も含まれている。思わずにぎりしめた雑草がごっそり抜けて手のひらに残る。