海の使者

 首を取替え式にしたばかりの校長が、朝礼台で朝陽を浴びている。生徒は夏休みからこちら誰も帰ってこないので、がらんとした校庭でさえずるのはスズメだけ。ほかは何もない。背後に建つ校舎の窓という窓はカーテンが閉まり、校長の背中を映している。背中には洞窟のように穴があき向こう側の景色がそこから覗いている。だれもいない校庭に点々と残る足あと。足あとは砂場をよこぎり裏の畑から来ている。畑のむこうは砂浜で、波に洗われるあたりで足あとは消えている。どうりでこの校長、海の匂いがするものだと私は納得する。そっと手をのばしてねじをゆるめると、首がぽろりと落ちる。マグロの頭とすげ替えてみる。校長は今にも泳ぎ出しそうな身振りを示したが、ここが海中でないことに気づいたのかすぐに大人しくなる。講話を始める気配はない。生徒がもどるまで待つつもりなのか。それとも自分が校長であることさえ忘れ、いい陽気にすっかり眠たくなっているのだろうか。私は学校なんて信じない。校長の長話も。チャイムの懐かしさも。けれど私はかつて生徒のひとりであり、あの校庭には永遠に戻らないひとりであることをおぼえている。私は校長の首を切りたての西瓜にすげ替える。夏の香りがあたりにひろがる。すべては遠い過去だ。もう何も残ってはいない。