電話

 恋人を寝取られた女がテレビを消したことも忘れ、放心した顔のうつっている画面を眺めている。何時間も同じ姿勢で。
 画面の中で電話が鳴ったので、テレビにうつっている女が立ち上がって受話器を取った。
「はい。いいえ違います」
 聞いたこともないへんてこな名前で呼ばれ、否定すると相手が謝って電話は切れた。
 女は自分が呼ばれたその名前に心当たりがなかった。それは彼女が画面にうつっているほうの女で、画面にうつる自分の顔を眺めるほうの女ではないからだ。
 恋人を寝取られた女なら、それが自分の名前だと即座に気づくことができる。どんなに傷心でぼんやりしていても、自分に名前があることや、それがへんてこな名前であることをうっかり忘れてしまうことはない。
 寝取られた恋人は彼女の名前に愛想をつかしたのだ。彼女はそれに気づいていないが。