真冬の乗り物

 ぼくは先を急いでいた。目の前にならぶ橇のうちどちらに乗り込むべきか? 時間はもうあまりなかった。サイレンはすでに隣町まで追いつき恐竜のように唸りを振り撒いている。ぼくにはサイレンに顔があるようにその表情をありありと思い浮かべることができた。
 選択肢は二つある。ひとつは胸に「快速」の文字が縫い取られたチャイナドレスの女が鎖で縛り付けられた赤い橇。もうひとつは「急行」の文字が墨書されたゼッケンのビキニ女が蔦で繋がれた黒い橇で、時刻表によれば急行が快速に二分遅れてここを出発する。速度で勝るのが赤い快速なら迷うことはないが、黒い急行の速度がそれを上回る場合(印象としてはこちらだ)終点までにはたして二分の時間差を逆転するほどなのか。女と橇を結びつける蔦が悪路の揺れで断ち切れることはないのか。以上の疑問に突き当たるのだが、訊ねようにも赤と黒の橇を引く女はいずれも猿ぐつわで会話の自由を奪われているし、耳は蝋でふさがれた彼女らに身ぶりで質問する時間はすでにない。
 けたたましく駆け回るベルがホームにひとり立つぼくに判断をせまる。まもなく駅舎から自動的に発射される矢を背に受けたチャイナドレスが、苦痛のあまり飛び出せばあとはひたすらぼくに訃報を届けた家まで道なりに滑走を続けるだろう。二分後に同じことがビキニの身にも起こる。ぼくは枯れた蔦の危うさをとっさに警戒し快速を選んだ。そこでベルがとぎれる。スキー帽越しに頭上で風が動くのを感じた一瞬後、くぐもった鋭いうめきを前方に聞いたぼくは振り落とされないよう肘掛けにぎゅっとしがみついて目をつぶる。血を見るのは好きじゃない。ドレスを着た背中なら、生々しい矢創を見ずに済むことをぼくは知っている。