お馬鹿さん

 女の子しかできない仕事をぼくがすることになった。「あなたならきっとやれると私は信じてるのよ」階段の踊り場でやさしく肩を叩かれたとき、上司の指先から花のようないい匂いがただよってきた。にわかにぼんやりする頭でぼくは、思わずこの仕事を引き受けてしまったようなのだ。けれどなぜぼくにお鉢が回ってきたのか? 解せない話だ。女の子しかできない仕事じゃなかったのか。
 はじめはとまどいを隠せなかった仲間たちも、やがて声をそろえて応援してくれる。激励の言葉を、さまざまなくせの文字でつづった寄せ書きがある晩ぼくに手渡された。ぼくは涙が出そうにうれしくて、それから全身が激しい痙攣にみまわれた。口の端から細かい泡をしゃぼん玉のように飛ばしながら床に大の字に昏倒したぼくを、狭くるしい担架にのせた仲間たちが遠いところにある医務室へと運んでいく。にぎやかに、まるで小さな子供の大好きなパレードのように騒々しく、真夜中の廊下を練り歩くぼくら。


「女の子しかできない、というのは単なる思い込みに過ぎない。迷信みたいなものだ」ぼくは脱いだ服をていねいに折り畳むと籠に入れた。「ぼくにだってやれる。みんなそう言ってくれたし」ぼくは鏡に全身を映してみた。初めて着る衣装は思ったより露出が少なくて、これなら大して恥ずかしくないかもしれない、と思った。「だけど」ぼくは部屋に誰もいないことを確かめてからひとりごとを言う。「女の子はもっと大胆に胸とか見せるんじゃなかったっけ? 男だから手加減されたんだとしたら、ちょっと心外だな」


 いかついクレーンに襟首を掴まれて、ビルでいうと十三階の高さまで持ち上がったときぼくは心臓が止まるかと思った。女の子はいつだってこんな目に合わされているのか。あらためて彼女たちへの尊敬の気持ちが胸にわいてくる。地上を眺めると指人形のように地面でうぞうぞ動きまわる、同僚たちの姿が見えた。大きなプラカードを、旗のように振り回しているのがわかる。ぼくは友情に応えるべく右手を振りかけ、そして思わず自分の目を疑う。
「ドッキリ大成功!」ぼくから読めるように、上向きに掲げられたプラカードにはそう書かれていた。「私たちがそんなお仕事、するわけないじゃない?」女の子が首をすくめたイラストの吹き出し部分に、ピンクの字で台詞が書き込まれている。「お馬鹿さん。お馬鹿さん。高いところが大好きなお馬鹿さん。そこからの眺めはいかが?」地上では人々が体を左右に揺すりながら大声で合唱をはじめた。それは練習を重ねたもののようによく揃った歌声だった。「お馬鹿さん。お馬鹿さん。頑張っておめかししちゃって。怪物みたいな女の子になりたいの?」
 強風で乱れる衣装の裾をぼくは無意識のうちに直している。