描写不全

銀河鉄道の夜」を少し前に読んだ。頭の中(の言葉の中)でしかありえない感覚を逃さないようせかせかと畳みかけるふうな文章に好感を持った。書き手にぜんぜん余裕がなく読者と同じ立場で「ほら、あそこ見て!」「こっちこっち、はやく来て」とあわただしく何かを指さしながら、その珍しい何かを十分には紹介しきれないまま次の珍しい何かが現れる、そんなせわしない現場が実況中継されている文章としての臨場感があると思った。描かれている風景と描いている言葉が一致しない、指さされたものが指からつねに逃れてしまう不全感がこの小説の強みであり弱点なんだろう。深読みでこの不全感を穴埋めしたいという欲望を誘われる人の気持ちはわかるし、そういう欲望に対してこの小説はかなり無防備だ。でもこのユルさは穴埋め以上の書き換えに対しても開かれているようで(じっさい書き換えられた漫画もあるくらいだし)そういう意味でも心惹かれるところがある。