固有名詞の幽霊について(Twitterより)

文章を読んでて、そこに影も形もない固有名詞を読み取ってしまうことがある。あれは一種の幽霊だな。10:11 AM Jul 20th



読んでて、というかざっと眺めたときに固有名詞(おもに人名)を見つけて、改めて読んでみるとどこにもない。注意深くさがすとその固有名詞にも使われている文字が文章中にみつかったり、似たような文字がみつかったりする。10:16 AM Jul 20th



そのくらいだと心霊写真(つまりシミュラクラ)ぽいけど、これといって該当する文字が見あたらないこともある。そういう場合、偏とか旁、あるいはもっとこまかい線に分解された文字が錯覚的に再構成され、そこに私の頭の中にあらかじめある固有名詞があてはめられ、読み取ってしまうのだろう。10:20 AM Jul 20th



そこまでゆくと幽霊っぽい。でも読み取る(読み間違う)にあたって固有名詞(おもに人名)という私がある緊張感を持って一瞬でみがまえるような記憶中のカタマリがかかわってるとこは、やっぱりシミュラクラみたいなものなんだろう。10:24 AM Jul 20th



内田百けんの小説に出てくる「甘木君」(甘木=某)なんかは逆に固有名詞をそうでないものに分解してしまう。文字的には合体だけど意味的には分解、というか解消というか。10:28 AM Jul 20th



つまり心霊写真的な「壁の染みがよく見ると人の顔だ!」というのとは逆に、「顔と名前のある人物だと思ってたら、よく見ると名前のないのっぺらぼう」というところがすごく百けんぽい。10:33 AM Jul 20th



「さうしてよく見たら、走つている間に見物の顔だと思つたのは、畑に列んだ唐黍の穂であつた。」(内田百間「石畳」)10:35 AM Jul 20th





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