短歌日記

  • 見なかったことに

田園に死す』をよりどころにして短歌を考えることは、結論から物事を考えることに似てしまう。不動の結論に向かって何度考えをたどり直しても、袋小路のつきあたりっぷりを確認する意味しかない。その袋小路じたいに魅力があるという考えはあり得たとしても、不毛なくりかえしはやっぱり気分を疲弊させる。だから短歌について考えるとき、私はいったん『田園に死す』のことを忘れなければいけない。あえて一冊の魅力的な文学作品としてのみあつかい、少なくともその「完全さ」については、見なかったことにして先に進もう。

  • 恐山

私は一度だけ恐山に行ったことがある。ほんとうにすばらしい夢のような場所だった。
田園に死す』は恐山の魅力を正確に文学化している。そのこともぜったい忘れてはいけない。ほとんどそれだけで第一回恐山文学賞は確定だといってしまいたくなるぐらい、とにかく恐山は感動的だし、その感動的な空間配置が再現されている(ような気がする)だけでも素晴らしすぎる。
日本列島の秘宝エキスが本州最北端に濃縮したような、箱庭的自然と箱庭的想像力が、ウソのように調和した奇跡的なテーマパークが恐山だ。日本がぜんぶ恐山になればいいのに。

母を売る相談すすみゐるらしも土中の芋らふとる真夜中  寺山修司