001 U子の場合

誕生日に連れて行ってもらうつもりだったのが江ノ島だった。
ところが今年は誕生日が来なかった。わたしは二月二十九日生まれだから、オリンピックの年しか誕生日がない。
そう言うとみんな笑うけれど、本当にないのだ。前日とか、翌日に祝うなんて気のきいたことうちではしない。貧乏だから。
今年はうるう年だと思い込んでいたら違っていた。一年はやかったらしい。
カレンダーをじっと見ていたらそのことに急に気づいてしまった。
おかげで江ノ島行きをせがむ口実がなくなった。これだからいやだ、貧乏な家庭は。


今夜遅くうちのロボットが撃たれて帰って来た。
(さいきんこういう事件って多い)
ママは憤慨してお友達と長電話をはじめたけれど、わたしはロボットには悪いけど、これはチャンスだぞ!とこっそり思っていた。
そして部屋から出てこないほうのお姉さんに頼んで、撃たれた腹にパノラマをつくってもらった。
(部屋から出てくるほうのお姉さんは不器用だから頼めない)
ロボットの腹にあいた穴を覗くと、百八十度立体的な江ノ島の景色が見られるのだ。


お姉さんは江ノ島に行ったことがある。
だからたくさん写真をもっていて、いつも少しだけ見せてくれる。
アルバムをまず自分だけ覗いて「これは見せてもいい写真」と言ってから開く。
見せてはいけない写真、にはどんなことが写っているのだろう。
そう思うとドキドキしながらわたしは写真を見た。


ロボットのお腹にひろがる江ノ島は、はじめて見る景色だった。
いつもの江ノ島が絵はがきなら、これは映画の一場面みたいだ。
なんだろうあれは。あの遠くにぽつんと浮かんでいるもの。
わたしがそう言って指さしても、お姉さんには見えていない。
「どれのことかな。船じゃないの? 鯨? サーファー?」
ちがうちがう。浮いてるのは海じゃないんだよ。
あの展望台よりずっと高いところに浮かんでる目玉のようなもの。
むこうから同じ景色を覗き込んでいるような、雲のすきまでまばたきをくりかえしているように見える、あれは何。


「なあんだ。それなら目玉なんかじゃないよ」
お姉さんはわたしの頭にやさしく手をのせて言った。
「ロボットの魂。見たことなかったの?」


わたしはそのときはじめて知ったのだ。
機械にも魂があるのだということを。