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無題
階段が階段と交叉している十字路に花束が置いてある。
今日の一首
だんだん坂に似てくる路をきのうから横ぎる猫が一緒じゃないの
クーデター
母親の身体を乗っ取る胎児。かわりに母を子宮に閉じ込めて。
山際君
プールに水をためているあいだどうしてたかというと、読書です。図書館で本を読んでいたのです。夏休みのプール係だった私は同じく係の山際くんと、図書館へいった。冷房があまり効いていないのは、エネルギーを、節約するためなのです。私は雑誌コーナーで「歌劇」を読みます。山際くんは、気がつくといなくなっていた。
私は「歌劇」をラックに戻して階段をのぼっていく。二階の閲覧室に山際くんはいて、がらんと空いた室内でわざわざ日のあたる窓際にぽつんとすわっています。私は、そっと近づいて、うしろから肩に手を置きました。山際くんはびくっとからだを反らせると、あわてて本のページをとじた。
「山際くん変! いやらしい本かくすみたい!」
真っ赤になった山際くんは言い訳するみたいに本を私にさしだすと
「感動するよ。きみも読むといい。じゃ!」
走ってその場から消えてしまいました。
何なの山際くん。
私の手の上に残ったのは、ヒトラーという男の人の伝記でした。
なんでわたしがこんなの読むの。ヒゲがちょっと校長先生に似ていた。
包帯のなか
ひどい怪我をして帰ってきた男の、いつもとちがう喋り方に彼女は気づいていた。傷口から元の男は掻き出され、別なのに入れ替っているに違いなかった。手当てする振りをして中身を閉じ込めるべく、腰や腕に隙間なく厳重に包帯を回す。男が眠るのを見届けて彼女は警察に電話した。
知らない男がベッドに寝ているんです、すぐ来てください、今すぐ、すぐに。
「そんなに云わなくてもどうせすぐ来るだろう」ふりかえると男がいた。
すいませんベッドじゃないです、うしろ、うしろにいます。今電話を切られました。
警官が駆けつけたとき女は血だまりの上に伏せていた。この流血では助かるまい、と思えたが女は意外にもしっかりした意識で警官たちを見上げ
「派手にやられちゃいました。ほら、こんなにひどい傷なんです」
と云った。