階段屋

 階段を売りに来る男が遠くで三味線をかき鳴らしている。わたしは母に命じられて道路へ飛び出した。「おじさん!こっちこっち」すると階段売りの三味線は確実に近づいてくる。がらがらと滑車が引きずられ、砂利をはじきとばしながら階段の山をはこぶ。
「ちょうど二階に行きたいところだったのよ」母は値段の思ったより安いことに満足したらしく上機嫌である。さっそく天井を貫通して二階へ届いた階段を、わたしの手を引いてのぼりつめると、はじめて見る二階は日が差し込んでいて明るい。想像した蜘蛛の巣も埃の層をかぶった床もない。
 模様のある紙できれいに破れを繕われた襖をあけると、小さな飯台を囲む家族がいっせいに見知らぬ顔をむけた。沈黙。私達だけの家ではなかったのだ。