ある遅刻

 エレベーターで迎えに行くと十七階には、すでにくたびれかけたニュータウンが広がっている。きみはバス停で、こないバスを待つかわりにぼくが「開」ボタンを押し続けているドアに飛び込んでにやり、と笑うと
「あたし結婚しちゃったのよ」
 と云った。

飾り窓の女

 くちぶえを吹かれてふりかえると、そこは砂時計のガラスの表面に映った街路で、くちぶえの主は警官だった。
「名前で呼んでよ」
 女は馬鹿にしたような真面目くさった口調で云った。
「ちょっと質問があるんだがね。お嬢さん」
 警官は表情ひとつ変えていない。
「最近、こんな男を知らないかね。警察官の制服を着て、街娼に声をかけてくる。特徴は巧みなほのめかしと脅迫、それに猫撫で声だ。連れていかれた女は、生きてふたたび街には帰ってこない」
「知らないわねそんな話」
 女は砂時計に指をのばした。
「わたし忙しいのよ」
 つまみあげた砂時計をひっくり返すと、ガードレールの前に立てかけられた花束にならべて足もとに置いた。砂のこぼれる音が夜の喧騒にまぎれて耳まで届かない。
 警官の姿はどこにもなかった。
 路の反対側のショーウインドーにうつる自分に手を振り、手を振り返されたことで女は満足したように歩き出す。
 ウインドーの女だけが残った。砂時計の砂がこぼれきってしまうまでのあいだ、少し困ったような顔で、さらさらとなまぬるい夜風に吹かれていた。

ドーナツ

 ここにある床が抜けてもぼくにはまだ地面がある。だからぼくはこのまま太り続けてぼくが十人いるのと同じ重さになるまで、雪のような砂糖をまぶしたドーナツを齧り続ける。

Q&A

 質問の数だけ答えがある。ひとつの質問にはひとつの答え。
 複数の答えをもつあいだは質問もまだ、複数の質問に切り分けられることを意味する。
 ひとつも答えのない質問は、細かく切り分けすぎた為に質問として壊れている。