ハンバーグ・ハンバー

 警官は指がほころぶほど強く握り返した右手で俺の組織に侵入し、裏返りながらすっかり溶け込んでしまうと制服と制帽が太陽の照りつけるコンクリートに転がった。
「こいつを便所に捨ててきてくれ。中身は見るなよ」
 そう鳩の言葉で鳩に命令してから警官は俺の意識のあった場所に納まる。鳩に渡した長期記憶に女の名前が混じっており、ちらっと目に入ると警官のペニスが臍の右側辺りで激しく反応するのでどうやら下半身が充分同調しないまま奴は俺になったらしい。警官の俺は母親の名前で勃起する変態でお袋の形見のネグリジェを着て眠るたび、自分そっくりな子供に性的ないたずらする夢をひと晩に三十回以上ばらばらに見続けたが、三十人の子供は少しずつ成長していって三十番目にはいつも現在の姿と寸分違わなかった。相手の名は警官の名前を鏡で映したように裏返しだった。
「お袋の亡霊に効くおまじないを発明してくれないかね?そこの美しいとは言えないお嬢さん方に質問だが」
 俺は警官の口調で陸橋の下をくぐっていく通勤電車の乗客に話しかけていた。乗客の返事は石版に彫られた文字の形で数万年前の地層から相次いで発掘され、スポーツ新聞の一面に印刷されて売店に届くが俺はあいにく古代文字があまり得意ではない。そこで外国製ポルノに古代文字でスーパーをつけた映像が稲光のように何度もまぶたにひらめき、しだいに学習していく俺が売店にまっすぐ続く道を誰ともすれ違わずに進むあいだ母親のひびわれた踵が二十五年前から俺の頬をいきなり踏みつけてきている。
 通勤電車のパンタグラフの屈伸ぶりからママの得意な体位を連想した警官が、俺のよだれを大量に路面にこぼしながら売店に近づく。お袋はパーマ液の匂いをまっくらな寝室にたたえて息子のパジャマに火をつけながら脱がせたり、逆さづりにした彼を蛇口に見立てて睾丸を左右にひねるとそれぞれ別なものが出る、という芸当を物心つく前から叩き込んだおかげで警官になる前はその芸で食っていたが、当局からの手入れで最年少の彼だけは個室に連れ込まれ、人前で下半身を露出するのは恥ずかしいという思想を植え付けられた上で警官の制服を着せられた。着せ替え人形のように面白がってさまざまなデザインが試された後現在の制服に落ち着いたが、それがたまたま日本の警視庁のものだったという。
 挽き肉でできたような不自然な肉体で俺は警官の意識を売店の前まで運びきった。
 財布の生温かい裂け目から液状化した紙幣を掻きだすといくつかの硬貨がコマのようにくるくる回っているのが俺に見つかる。
 人間のかたちをとらないタイプの人間が雑踏を構成する町へ取って返し、少年時代の砂場から猫の骨が掘り返される場面を巻き戻しながらお袋の白髪が束になって積み上げられていった倉庫がいっぱいになり、次の倉庫を借りるまで警官の口の中で代用するための緊急の相談で余白のなくなった手帳のびっしりの文字の上に今度はお袋が、白いペンでさらさらと意見を書き込んでいった。「おまえはわたしの宇宙みたいにだだっ広い子宮から出られたと思っているのが最初の間違いなんだよ」と。