潜水夫

 私には手の届かないものが、お前のふところに転がり込む。目を丸くして、大声をあげて、大げさな身振りでお前はそれを見せにくるだろう。きいちごのジャムで汚れた皿にひとすじの髪の毛。壁に掛けられた潜水服を、私はそこにいる誰かのように眺める。あいにくなことにアパートの窓に明かりはなく、がっかりしたお前は階段をぶざまに肩から転げ落ちていく。すべてが理想の結婚に向けて敷かれたレールであるような、踏切を待つ奇妙な動物たちのなす列が横目に見られる日々のうちに、人々は人と々に切り分けられてたましいの少ない顔を上げる。私は表面が泡だらけの手紙をお前からうけとって眺める。そこには戦争という言葉が定義をかえて無数にくりかえされているが、私はそこにあるどの戦争へも行ったことがない。ということを返事でなく、無関係な何者かへの手紙に書いて投函した初夏の夕。お前が屋根のうえでたてる足音を、句読点のタイミングにさえ採用しなかったのは私だろうか。