怪談と近況

ビーケーワン怪談大賞応募作のうち、「歌舞伎」以外で出来を自分で気に入ってる話をこちらにも(怪談大賞ブログでは全応募作が今も読めるようです)貼りつけておきます。自分用保存版。あの短期間によく五本も(没のを含めるとそれ以上)書いたもので、ああいう瞬間的な集中力がいったいどこからやって来てどこへ去ったのかわからない今の私、は気がつくとsnoodやってる。あと小沢健二の「刹那」を図書館でこないだ借りてきたおかげで頭の中でずっと聞こえっぱなしだったり、今窓の外のうすぐらい空に月と金星が同時に見えていたり、そう書いてるあいだにも位置がどんどんずれていったり、金星は輝きを増しながら裏のアパートのアンテナとちょうど重なってたり、と言ってるうちにもう右側にずれてきたり、窓ガラスへの部屋の映り込みがだいぶ増えていたり最近はします。




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『浄霊中』


 秦さんが夜遅くマンションに帰ってくると入口のガラスに「エレベーター故障中。階段をお使い下さい」そう書かれた紙が貼ってあった。
 しかたなく秦さんは酔ってふらつく足を引きずりながら外階段にまわる。
 ようやく四階にたどりつくと、廊下に通じる扉にも何か貼り紙があった。
 薄暗い蛍光灯のあかりで目をこらしてみたところ、細い鉛筆のような字で「4階、浄霊中」と書かれているのが見えた。
 文字の意味がわかると秦さんは気味が悪くなったが、近所の子供たちのいたずらだろうと思い紙を扉からはがして丸めると足もとに捨てた。


 廊下に出ると静まり返った通路にうっすらと煙のようなものがただよっている。
 秦さんがポケットから鍵を取り出しているときふと隣室のドアが目に入った。
 ドアノブに短冊のようなものがぶらさがっていた。
「四〇二、浄霊終了」
 鉛筆書きの読みにくい文字はそう読めた。
 顔をあげひとつ先のドアを見ると同じように小さな紙きれがぶらさがっているのが見えた。もうひとつ先の部屋も、その次の部屋もドアノブに同じように白い紙が垂れていた。
 すっかり酔いが覚めてしまった秦さんがとにかく部屋に入ろうとドアを引いたとき、辺りにただよっていた煙がにわかに濃くなった気がした。ふりかえると背後に真っ黒に塗りつぶされた人影が立っていて秦さんは悲鳴を上げた。
 山伏と浮浪者を合わせたように見えるその男は、無言のまま前に倣えのように二本の腕をつきだしていた。ボロ布に包まれている両腕の先に、細長い紙きれの端が握られて文字が裏返しに街灯で透けていた。
「四〇一、浄霊失敗」短冊にはそう書いてあった。秦さんの部屋の番号である。





『着信』


 南さんが出張から帰ってくると、マンション前の道路に花が供えてあった。
 事故かな? 車なんて大して通らないのに。そう思いながらボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待った。
 携帯が鳴ったので見ると彼氏からだ。
 今から行ってもいいかというメールだが、ホテルでよく眠れなかった南さんは、とにかく今日は帰ったら速攻で寝ようと決めていた。
 返信したところで八階に着きドアが開いた。
 南さんの部屋は通路の奥にある。途中の蛍光灯が切れかかっていてちらちら点滅していた。
 廊下の突き当たりの壁に小さな花束が立てかけてあるのに気づいた。南さんの玄関の目の前だ。
 まさか。たちまち道路の花束との関連を理解した南さんは、彼氏の訪問を断ったことを後悔した。
 やっぱり来てもらおう。そう思って携帯を取り出すと、南さんが掛ける前に着信音が鳴り出した。
 彼氏からだ。
「今電話しようと思ったのよ」
 するとむっとした声が返ってくる。
「家の電話壊れてるの? ぶちぶち切れちゃって、こっちから掛けてもつながらないし……」
 南さんは何のことか分からなかった。
 鍵を開けて玄関に入りながら詳しい事情を聞いた。
 彼氏によるとメールした直後、南さんの自宅から着信があったという。出るとすぐに切れるを繰り返し、自分から掛け直してもやはり切れてしまうのだという。
 電話はしていない、今帰宅したばかりだと南さんが説明しても「間違いなくお前からだった」と言い張った。
 不機嫌な彼氏をなだめてとにかく部屋には来てもらうことになった。
 部屋の電話はテーブルの上にある。
 あんなことを聞いたばかりだから、電話の近くにいたくなくて窓際に椅子を置くと、テレビの音量を上げて彼氏の到着を待った。
 そのせいで南さんは気づかずにすんだのだ。
「記録が残ってるはずだから見てやる」
 着くなりそう呟いた彼氏が受話器の下にそれを見つけた。
「虫かと思った」
 菊の花びらだ、と南さんにはすぐ分かった。
 ドアの外にあった花だ。