ドールハウスの工員

 たいていの天井に頭をこすりつけてしまう、まれに見る大男であるあいつの唯一の趣味は人形遊びなのだ。老若男女、容姿や素性のさまざまな人形があいつの古ぼけたおもちゃ箱に詰め込まれているが、中でもお気に入りは外科医のボビーというハンサムな中年男の人形だ。白衣と口ひげに特徴があるボビーは妻と幼い二人の娘、ひとりの肉感的な愛人がいるという設定で、愛人役を務めるのが音大生のメアリー。この娘は無口だがまなざしで多くを語るというか、自分の云いたいことはすべて男の口から云わせるタイプなのである。
 メアリーとボビーのデート現場が元患者だった工員に廃屋の窓(工員は無断で住みついていた)から目撃され、鳥打帽を手でいじりまわしながら公衆電話からボビーの医院に脅迫の言葉を送り込んでくる工員の声を、あいつは本業の霊媒師としての仕事の合間に控え室でひそひそと漏らしている。場面は変り、ボビーがいかにも弱りきった声でメアリーに相談する逢引のホテルの一室。まるで動揺など見せず、けだるそうに愛人に応対するメアリーの台詞をあいつは裏声で、いかにも小悪魔然とした喋り方で人形に語らせていた。すると突然ドアが開いて助手の広沢が嫌悪感丸出しの顔でこちらを見ていた。
 すかさず霊媒師としての威厳を取り戻した表情で、あいつは人形をでかい手のひらの中に隠した。立ち上がって天井に頭をぶつけることで生意気な助手を威嚇する。「部屋に入るときはまずノックするものだと、無教養なご両親は坊やに教えて下さらなかったわけだね? 残念なことに」
 頭上から見下ろす大男の馬のような顔が、どんより濁った目でにらむのを広沢は鼻で笑ってやりたい気持ちになっていた。この男の霊能力と称する代物は、すべて子供だましのトリック(腹話術と手品の組み合わせ)に過ぎないことを世間に公表してやるべきか? たとえば新聞に投書などして。だがそんな真似をすれば広沢自身の失業も決定的になる。ボロ布のようにこき使われるアルバイト生活に逆戻りだ。金の亡者である広沢が一時の感情に任せ、一円の得にもならぬ行動に出ることはないとあいつは熟知していた。
 にらみつけていた表情を崩し、そっと背後でラジオのスイッチを入れて部屋に晩秋にふさわしいフルートの演奏を流す。険悪な空気は一掃され、金儲けという共通の目的による連帯が二人を包み込む。背丈こそ大人と子供の差だが、脳味噌の程度は驚くほど似通っている二人なのだ。この大男とは前世で夫婦だったのかもしれない、と広沢は何となく思った。とはいえ霊魂の実在はもちろんのこと、二人とも生まれ変わりなどこれっぽっちも信じてないのは云うまでもない。人間は死んだらそれですべて終了なのだ。