耳をすませると、耳をすませる音だけがきこえる。誰もいないのではない。耳をすませる者だけしかいないのだ。踏切越しに見合わされる、名のない顔の群れのように。

ナイフ

 夜に寝室にいる。窓ががたがた震えるほど闇が押しつけている。ガラスに映る髪の毛に突き立つナイフに見覚えがあった。あれで剥かれた林檎には、驚くほど何の味もしなかったのだ。

再会

 夢の中でひとりが死ねるのは何度までだろう、とつぶやく。最後の死が通り過ぎたのち、最後の目覚めが訪ねてくる。それは私自身の顔をして、手には小さな酒瓶をもっている。