不潔な女からの手紙

 運ばれていくあいだ、口の中で自分が何ごとか呟くのを感じていた。内容はまるで聞き取れなかった。内容などなかったのかもしれない。内容のあることを喋っている意識などなかった。頭はからっぽで頭蓋の壁のひびわれから星の浮かぶ黒い空が見えた。でも今は昼間のはずだ、と私は考えあたりを見わたすと案の定日ざしがあふれている。私は日ざしの中をどこかへ運ばれていくところだった。尻の下に椅子が川に流される木の葉みたいに心細く存在し、私は自動車の助手席にいることが少しだけわかる。


 ある瞬間、私は喉を嗄らしてひどい歌をがなりたてている自分に気づいた。次に気がつくと私は犬のように唸りながらダッシュボードに額をこすりつけている。乱れた髪が目に入り、前がよく見えないので初めて目をこらしてじっと前を見つめた。そこらじゅうが水に映った景色のようにまぶしく、だが、さっきと同じ日の太陽だとはその眩しさを思えない。目に入った道路標識にえがかれた人物のシルエットが、私の見覚えのあるものといちいち違っているのが気になる。ひざまずく男の首を、振り上げた刀ではねようとするもう一人の男の図で、刀をにぎる男は小柄で子供のように見えた。車は信号が変ったらしく急発進したが、信号など見当たらないし車は道路を走っているようには見えない。家と家の、壁と壁の隙間といえない隙間を紙切れのようにすり抜けていく私たちと車。


 割かれた動物の腹から、はらわたが外にひきずり出される様子をじっと見守っている。処理される動物は魚のような爬虫類のような姿で、まだ荒い息を吐いて震えている。私は生き物の死を見届けるために、表情のない顔を覗き込んでいるのだ。そのつもりでしゃがんでいると背後からふいに肩を叩かれた。そこでチャンネルが切り替わったのだと思う。動物の腹から外にはみ出たものは、はらわたではなくボロ布のような服を着た私だった。ふりむくとうしろにあるのは動物の死骸ではなく、歪んだドアの開いた灰色の自動車で、運転手だった男は私を動物のはらわたのように襟首を掴んで引きずって目の前から始まる森のほうへ運んでいく。私は首を変なほうにねじって男の顔を見上げる。すると男もそういうときにするとは思えないような変な顔つきで、具体的にいうと猿が人間の表情を真似た笑顔のようなものを張りつかせた顔で、下生えに踏み込みながら私の目を見返した。


「だから云っただろ」そうつぶやいて男は口の端から涎をひとすじこぼした。私はそれを見てこくりとうなずいただろうか。