動きについての覚え書き

 二つの目が横並びに配置されている関係で、人間の視界はタテよりもヨコ方向に広くなっている。そのため垂直に動くものよりも、水平に動くもののほうが比較的長い時間視界に滞在するから、目で追うこともそれだけ容易にできるし、垂直移動するものは視界に収まっている時間が短いために急にあらわれて急に消えた、という印象を与えやすい。


 われわれの視界にふっと紛れ込み、あるいはふっと姿を消していくものは垂直の動きをしているのではないか。
 という仮説がここから導き出される。
 もちろん私がここで考えてみたいのはおもに幽霊や、幽霊のようなもののことである。
 暗闇でわれわれが怪しいものと出会いがちなのは、暗闇では視界が狭められているために出会うものがみな急にあらわれ、急に消えるからである。
 垂直の動きをするものはわれわれにとって暗闇で出会うものと似たところがある。われわれはどんなに明るい場所にいても「視界の外」という暗闇をつねに持ち歩いているから、暗闇で出会うように何かと出会ってしまう可能性はゼロにならない。人間の上下に狭い視界は、上下から暗闇に挟まれてつぶれた視界ということだ。
 だが垂直の動きをする幽霊の報告は必ずしも多くない気がするので、この仮説はまだかなり弱々しく口にする(ようなつもりでこうして書く)ことしかできない。


(日本語のタテ書き表記と、人間のヨコに広い視界の交叉が短歌を支えることについて以前書いた文章はここ。)