ブレーメン

 近所の偉大なブックオフにてこないだは河井克夫ブレーメン』を入手する。かつてガロ誌上で初出を読んだことのある作品も多いが、描線も作風も世界観も微妙に不安定に揺れ動きながらまるで歩いているうちに壁が曲がったり伸びたり消えたりしてかたちの変っていく迷路みたいに、ただひとつの出口への経路などみつからない何度でも読める変なマンガばかりが収められているのでお得である。
 私は河井氏のマンガには諸星大二郎のマンガの一部と似たところがあり、それはおもに絵柄からそう思えてしまうのだと思っていた。だがこの本に収録されている「月の砂漠」(ガロで連載を途中まで読んでいた)を読んではっきり思い出したのは、昔月刊チャンピオンで読んで大好きだった諸星氏のとある読み切り作品とよく似た感触をこの「月の砂漠」という作品に感じてそこに惹かれた、という具体的な経緯があったことである。諸星氏の該当作品は最後に太陽に巨大なサナダムシがからみついたりする話で、劇画的な暗さのある絵が深い印象を残すギャグマンガ。たしかわりと最近単行本に収められていた(読んだのは二十年以上前)と思うが初出とはタイトルが変っており、しかも初出のタイトルも思い出せないのだからやはり全然「はっきり思い出した」わけじゃないのであるが、人に説明するにはとても不自由だが自分の頭の中にある分には記憶のあちこちが欠落して虫食いになっていても、それを言葉で読み上げるわけじゃないから困ることはない。
 で、『ブレーメン』であるが作品はバラエティに富んでおり「月の砂漠」や「プロゴルファー遠藤鶴吉」のようにガロ時代にとても好きだったタイプの作品だけでなく、「案山子男」や「人参」のようにのちの名著『日本の実話』を思わせるテイストの作品もある。いわゆる上手い絵の作家ではないと思うが、それだけに画力で水増しされたりクッションを置かれることなく才能がダイレクトに目にとびこんでくるので、息苦しいほどに逃げ場のないマンガ娯楽が保証される。
 それから、正月に年老いた年金暮らしの親からもらった図書券蜂巣敦怪奇譚 (ちくま文庫)』を購入。『殺人現場を歩く』を読みながら再確認しつつ堪能したこの著者のきわめて平易でありながらなぜか読み飛ばせない不思議な文章と、その文章の立ち寄り先の魅力を手元に置いて時間をかけてじっくり味わいたい。