にんじんと馬

 やっと小説を書き始めた。というか本当は別な書き出し部分を用意してさあ書くぞという体勢のままずっとほったらかしにしてあったのを、ようやく放棄して、今は新しい書き出しを前にあらためてイメージを膨らませているというのが正しい。
 最初に用意してあった書き出しは、ほとんどイメージを刺激するところがないものの文章のリズムがよく、音楽かスポーツみたいにすでに書かれた言葉に体で反応しながら書いていけそうな気がしたのだが、それだと全然書くことが楽しくならないことがよーく分かった。楽しくないからファイルを開くのも嫌だし、小説のことを考えるのが億劫で、テキスト上でも頭の中でもいっこうに何も進展しなかった。私はやはりフェティッシュな愛着のあるものや気になるものを大量に投入した世界をぐるぐる巡るようにしか小説は書けないかもしれない。そもそも文章を書くことは苦痛なのだから、何か苦痛を忘れる楽しいことがつねに目の前にないと文章なんて書き続けられないと思った。
 自分の好きなものが出てこない文章が何十行も続く小説なんてとても書けない。たとえ文章のリズムはぐたぐたに崩れても、断固として数行おきにフェティッシュを投入して鼻先に人参をぶら下げ続けなければならない。文章のリズムやストーリーを重視すると興味のないものをたくさん書かなくてはならなくなるので困る。私は××や××××や×××のことしか書きたくないし、書きたくないことは書けないことが分かったから今後は一切書かないことにしたい。好きなものしか書かなくていい小説だったらきっと私にも書けるはずだから!