超怖Η全話ショートレビュー(6)完
平山夢明編著『「超」怖い話H(イータ) (竹書房文庫)』全話に短い感想を書いていくシリーズ最終回。
廃社
何気なくつぶやいた「予言」が「的中」するまでに誤爆的に怪異をひきおこす話。にも深読みすれば読める(母親が口にした比喩と娘が目撃するあれの形状に注意)。深読みというか、画面の隅に映りこんでいる顔を丸で囲むような読み方をすれば。
平山怪談は文章の外に持ち出せないできごとを大量に含んでいるので、その点に注目するかぎり「小説」として読むことができる。ということは頭の隅に置いておきたい。
叱
マクガフィン物。マクガフィンはからっぽなので、答えが中に隠されたりしていない。謎が物語りを支えているように見えても、じつは謎などどこにもない。無が支える物語。この話でいうと「叱」は謎のようで謎ではなく、この話全体が「叱」そのものとして「叱」を包み隠さず丸出しなんだと思う。
方違
病院の改築という時点で、そそる。
背守
そのときの弟の言葉がいい。
蛙
その時点では正体の分からない(明かせない)ものを比喩だけで描写すると、読者はそれの正体を知らないまま(にもかかわらず、その場に居合わせたかのように)生々しくそれを体験することができる。という話術の例。
蓮
お婆さんの不機嫌さがいい。
猫
ほのぼの。
七代目
これ好き。この短さの中にみっしりと変な会話。名作「天狗の貼り紙」を少し思い出す。なんか顔が笑いのかたちのままひきつって、脳がひくひく痙攣するような妙な感触がある。笑いとも恐怖ともつかないような。初期の超怖に多かった感触。
うずらの卵
この世の地獄からあの世の地獄をレールでつなぎ、そこを事故車輌のようにいびつな何かがガタガタずるずると移動する、正調グロ系平山怪談。それと見立て物。
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巻末に「超」怖い話シリーズの新しい共著者を募集する「超−1」という企画の告知があります(現在すでにこちらで募集&応募作公開中)。順調に巻を重ねるシリーズに混沌をもたらす才能、勁文社時代に濃厚だった意味不明な恐怖を今日的に体現した才能の登場を、個人的には期待したいです。
帯に宣伝のあるドラマ版「超」怖い話(KBS京都、テレビ神奈川、ちばテレビ、テレビ埼玉で放映中)はその後も見てるけど相変わらず凄くいいので見れる環境の人はぜひ見たほうがいいですよ。テキスト散弾銃さんが書かれてたことに便乗しますが黒沢清っぽいんですよ。あと万田邦敏とかの撮ってたダムドファイルにもテイストが近い(主演の怪談作家役の俳優はたしかダムドファイルでも見たことがある)。ダムドファイルよりは一見明るいかな、その明るさには歪んだものが含まれてるのですが。ホラーがどうしても駄目という人に勧めるのはためらいますが、そうじゃない黒沢清とか好きな人ならぜひ。