うすい道

人間は、人間でいるあいだだけ人語を話すのだ。
それはほんの数十年ほどのできごとにすぎない。
残り数百年間は、印刷物の余白みたいな顔で沈黙をまもる。
さらに外側にひろがる数千年は異常にさわがしいとりとめがない工場のようだ。
もちろんここでは誰も言葉のことをおぼえていない。
たくさんの下等な生き物に分担された私やあなたが、互いに捕食しあうばかり。
歯車と歯車のあいだに見えない無数の歯車が詰まっている。
それらを見いだしつづけることのように時間は前後にのびてゆく。
人間という単位は特急列車の窓をよぎる一本のススキのように忘却のかなたから呼び戻され、ふたたび対向列車の窓を一瞬よぎったススキとして忘れ去られる。
といったことが私に語られているこの言葉は、ススキの穂にしばらく留まるひまわりの影だった。