歪みと実話

幽霊物件案内―怪奇探偵のマル秘情報ファイル (ホラージャパネスク叢書)』などの小池壮彦氏が描く怪談実話は、ひとりの人間の視野の限界からくる見通しの悪さが恐怖の温床となっているところがある。それは個人のビジョンにつきものの歪みをあえて温存する怪談であり、その結果、かたられた一話は狂気の風景にきわめて近い表情を見せることもある。つまり、これを体験談として語った人はちょっとばかり「いかれて」いるのではないか? という疑いが読者の頭にちらつく余地を、あえて消さずに残しているということだ。その結果読者は描かれた体験そのものより、体験を語る人間の肉体の実在をありありと感じとることになる。どこかで現実にきっと体験されたに違いない恐怖を語り継ぐ、不透明な異物のような媒介者である人間たち。そこには著者である小池氏自身も含まれるわけだが、かつて私は視界につねに著者のシルエットが入り込むのは小池氏の怪談の小さなしかし無視できない欠点だと思っていた。今はその考えを変えている。