線を歩く

 この世界を二つに分かつ境界線と彼が信じているものは実際には、彼の足もとを半径1メートルのところで囲んでいる小さな円にすぎない。
 彼と、彼以外という一対一。たしかに世界は真っ二つに割られているのである。


 境界線にぐるり囲まれた男はつねに最前線に立っている。したがって一時もファイティングポーズを崩すわけにいかない。彼は境界線が地球をひと巡りしていると信じているので、半径1メートルの円の中をぐるりと歩くとき、彼の心は地球を一周している。心の中では地球規模のスケールの男なのである。


 男の小さな円には地球の半分が収まっているのであり、ほかに誰もいないのは円の面積が狭すぎるからだ、と彼が気づくことはない。小肥りの体にフィットした王国を独り占めしつつ、一向に越境してくる気配のない人々のことを憐れんだり、嘆いたりしてみる。何しろ世界の二分の一が彼ひとりを主人としているのである。これはいくらなんでも勿体ないのではないか、と思うのだ。


 この男はいたるところに存在している。なぜか必ず「男」なのだが、世界はあらゆる彼の目の前でつねに真っ二つなのだ。

fiction

 このfictionというカテゴリーは小説の草稿のようなもの、または素材をプールするために今までも使ってきたけれど、これからはもっと意識的にそうする。私は他人に話したことしか覚えていられない人間なので、書きたいと思う小説を忘れないためにメモ書きとかうわごとみたいな断片を全部ここに書きますから、うんざりするでしょうけど、どうか読むふりだけでもして下さい。組み立てない部品のまま並べたものが、これで小説ってことにはならないかなあという下心もありつつ。組み立てないことを前提にしか書けないもの、しかしそれで全体ではなくあくまで部品に過ぎないものを小説は取り扱うことができるか。