理想の私小説

悲惨な話ばかりが穏やかな(つまり底を打った感じの)微笑みとともに語られ、その微笑みが悲惨さからの回復という意味を必ずしも印象づけないのに、読んでいて前向きというか、いや、それが前かどうか分からないのだけど、どこかへ向けて顔をあげてそちらに進もうという力が何となく体に湧いてくるのを感じる。そのような本としてついさっき吾妻ひでお失踪日記』を読み終わったところ。
読むことで気持ちを向けさせられる方向は違う気がするけど、ディックの『暗闇のスキャナー』とこの作品には似たところがあると(依存症の話であったり、作者の実体験に基づいているといった共通点に引きずられるせいもあるけど)思ったので、『暗闇のスキャナー』みたいであり『失踪日記』みたいであるような本がほかにも読みたい、という気持ちになる。
たぶんこの二作は私が読みたい「私小説」の理想的なかたちを告げているのだなと思った。これらに近い「私小説」としては藤枝静男(「一家団欒」とか)がとりあえず頭に思い浮かぶ。このライン(がどういうラインなのかを吟味しつつ)に沿ってこれから小説(にかぎらず)を読むことと書くことをしていってみたい。今日からテーマは私小説に変更(今まで何がテーマだったのかは忘れた)。残り数日の今年といつまで続くかわからない来年は私小説で行く。




 あいうえおだけ繰り返す本があり網棚に置いてみる何となく  我妻俊樹