固有名詞について

ある種の小説はタイトルと登場人物の名前、その所属する組織名、舞台となる地名(それらは実在・架空を問わない)などを定めることで書き始めることができる。それらがいずれも固有名詞であるという事実に意味がないとは思えない(タイトルは小説そのものに与える固有名詞である)。
ひとたび定着した登場人物名や地名などは書き手にそれらが実際にそこに「ある」という感じを与えるものであり、虚構を書き手から切り放すと同時に傍に置くことに貢献する。つまり想像しつづけ書きつづけるのに丁度いい位置に小説を留め置くことになる。
そうして書き手にとってほどよい距離を得た虚構は、さらにタイトルを得ることによって作品として現実社会の側にも存在を主張する。単に作者の夢がたわむれる公園のようなものではなく、他人に読ませる言葉で書かれるべき虚構であることを書き手に意識させる。このとき虚構は実在する夢から実在する作品へと移行する。
作品に書かれる世界と、作品が書かれる世界。この二つのレベルで固有名詞が虚構の実在を書き手に信じ込ませることに成功したとき、小説はまだ書かれていなくともある意味完成したのと同じことで、あとは書かれ方に多少のバリエーションが想定できるのみである(書かれないことも含めて)。