虫の小説

右肩から右ひじを経て右手中指にかけてが腱鞘炎的というか神経痛的に痛い。朝起きるたびにそれが酷かったり軽かったりする。そんなことはべつにどうでもよく、便所の床が最近べこべこして踏み抜きそうになってることが気がかりだが、腐ってるんだろうか。私はこの部屋に住んで十二年たつのでそろそろ腐ってくる頃だ。流し台の下には最近またゴキブリの糞が散らかるようになった。ゴキブリの姿は見ないが糞は片付けてもまたしてあるのでずっといるのだろう。私にとっては台所がゴキブリにとっては便所だ。しかし同時に餌場でもあるはずだから奴らは自分ちの食堂で平気でクソをするのか? 何しろ仲間のしたクソを食うくらいだから排泄と食事の違いさえよく分かってない、虫ごときは。虫は馬鹿なのだ。奴らは絶対に読書をしない。私は虫の書いた小説が読んでみたい。たぶんエサとクソのことしか書いてないだろう。エサとクソの話が交互に書いてある。そこから話題は一歩も出ない。話が進まない。しかも文章とか書けないから実物のエサとクソが交互に置いてあるだけ。しかも馬鹿だから書き始めると止まらない。死ぬまで書き続けている。でも虫の一生は短いので大したページ数にはならない。それを日本語に翻訳したものが読みたい。読んだら丸ごとパクって新人賞に応募する。もちろんみごと受賞してとうとう私はデビュー決定だ。虫は馬鹿だから盗作を訴えたりしない。訴えても裁判の途中で死ぬ。問題は日本語に訳した奴の口封じだが、たぶん虫語の分かる奴は一日中地面に頬をつけて笑っているばかりで、世間の権利問題のことなどまったく無関心なのだろう。私は奴の笑顔を見ると心が癒されるのを感じて、前髪にくっついた犬の糞を取ってやろうと思うが、やはり汚くてそれはできないのである……。