手加減なしの残雪

 わたしの同僚の父親は火葬場の死体焼きだった。人生の大半を死体を焼いて過ごしてきたため、全身からそんなにおいがした。ある日、その家族はひそかにしめしあわせて、みんなで彼を置き去りにした。彼はひとり寂しく火葬場の墓地のはずれの小屋に住んでいたが、わたしの知るかぎりでは、もう十年になる。けさ突然、わたしは彼からの奇妙な手紙を受け取った。封筒にスタンプはなく、鉛筆で大きな髑髏の絵がかいてあるだけだったが、それでも無事わが家の郵便受けに届いていたのだ。手紙の中身も奇妙だが、書き方も変わっていた。

残雪「天窓」(『蒼老たる浮雲』近藤直子訳・所収)の冒頭部分。この二十頁ほどの小説を読んでいるあいだ私は騒々しかった。数行おきに爆笑したり、えーっと叫んだり手足をじたばたさせなければならないからだ。残雪の短い小説は凄い。この冒頭はほとんど中原昌也の掌編の書き出しのようだ。「黄泥街」「蒼老たる浮雲」と長めのものもすごくよかった(あの書き方で中長編をだれずに成立させることも凄い)けど短い作品はリミッターを外したような圧倒的な凄まじさがある。冒頭から手加減なしに畳みかける本気の残雪節。



読んだ本。
『驚愕の曠野 自選ホラー傑作集 2』筒井康隆
『明治・大正・昭和・平成 実録殺人事件がわかる本』柳下毅一郎監修
『蒼老たる浮雲』残雪


「驚愕の曠野」は子供が自分の空想した物語を書きたい部分だけ書いたみたいな自由さがよかった。先にぱらぱらめくってみて計算とか仕掛けの張り巡らされた話かと思ってたらそうでもなく、幼児的な欲望の水準に留まって書いてる感じ。筒井康隆の小説は幼児的な欲望に変な批評的な視点をくわえてないときのが好きだと思う。夢っぽい話や感傷的な話がどれもいい。「わが良き狼」読み返したけどあれはほんとに泣ける。あられもなく感傷を用意してそれにおぼれてるのがいい。読者とか批評家とか世間とかへの武装が幼児性に溺れることで解除される作家なのかもしれないと思った。