『てのひら怪談2』を1/10読みながら(その1回目)


今気づいたけど私の選んだ十作。筆名を見るかぎり、作者が全員男性っぽいですね。実際は違うかもしれないし、事実そうだとしても偶然にすぎないけど、こと怪談掌編に限れば私は男性作者の書いたものが好きなのかもしれない。と、何となく納得してしまうところもあります。経験的に。
そもそも私は読者としてストライクゾーンかなり狭めなので、作者の性差っていうよりもっと別な諸々の条件で区切られた一角が、たまたま男性が書くことの多い領域だったんではないか、とも思うわけですが。なぜそこに男性が多いのかは今のところよく分からない。
実話怪談の場合、男性は収集家型で女性は実体験型という印象がありますが、創作にも男女別の傾向というものがあるのかどうか。
では始めます。

「赤き丸」クジラマク


当ブログでこの作者の作品に言及するのはこれが二度目です。昨年のビーケーワン怪談大賞の募集期間に、クジラマクさんの応募作「ガス室」「生ゴムマニア」を読んだその興奮を書き込んだことがありました(http://d.hatena.ne.jp/ggippss/20060722/p1)。
あの二作にはとにかく驚愕したわけなんですが、それは単に凄い作品を読んでしまったという驚き、だけでなかったのですね。
私は実話怪談を読むのが好きで、自分では書けないけど、実話怪談特有のある種の不安定な感触、みたいなものを自作に取り入れたいとは願っていました。おととし大賞を戴いた「歌舞伎」なんかもそういう意識のもとで書いたものだし、その年(2005年)の応募作はみな手元に平山夢明さんの本を置きながら、ちらちら捲りつつ書いてた記憶があります。
で、実話でないものを実話風味に書くということは、何か実話ではありえないものを加えなければ意味がない、とも思うわけですよ。
だけど物語性を強める方向にいくと、実話的な不安定さが失われてしまう。だったら逆に実話的な要素を過剰に詰め込むことで実話を突き抜けるというか、一種のパロディになりつつそれでも怖い、というのが書けないかと漠然と思っていたんです。言い換えれば実話怪談の中にある歪みとか狂気がそこだけ肥大して暴走したような作品、ですね。そういうのが書けないものかと。
それは想像するだけで具体的にはまったくかたちにならなかった。
自分ではかたちにできない“理想の創作怪談”が、想像をはるかに超えるレベルで現実化したものを目の前に突きつけられた。「ガス室」を読んだ時の私の衝撃はそういうものでした。
しかもあまりにも圧倒的に傑作だったので、もはや嫉妬を通り越して自分はもう読むだけでいいや、怪談から足洗って今後は読むだけにしようとその時は思ったのです。自分は自分なりに書いていけばいいやと思い直したのはだいぶ後になってのことです。
『東京伝説』的なもののパロディぎりぎりの圧縮版とも言える「生ゴムマニア」ともども、とにかく決定的な作品でした。


平山怪談でもおなじみの業界裏事情的な設定の中で、映画「リング」のビデオ映像のようなやばいイメージが異様な純度を保って次々と手短に列挙されてゆく。そんなほとんど前衛的といっていい怪談がエンターテインメントとして読めるものになってる、しかもたった八百字以内で。そのことはもっと驚かれるべきだし、実際これから何度も再発見されて驚かれる機会があると思うけど、同時代の読者がもっと驚かなきゃいけない、とくに書き手や送り手側の人は。と思いますね。


「赤き丸」は「ガス室」と較べるとスタイルの奇形性は抑えられていますが、実話的な要素の取り入れ方を含めて、両作には(同じ作者の作品で比較しても)共通するところも多い。
すごく大雑把に分けると『てのひら怪談』シリーズには民俗学的な怪談と精神分析的な怪談の二傾向あると思うんですが、私の好みは圧倒的に後者の方で、クジラマクさんがその筆頭の書き手だと思っています。
この「赤き丸」も現場に点々と残された赤いドットや、ピエロ姿の集団、ピエロの鼻がポンポンと押し付けられる触覚、といった精神分析的なというかフロイト的と言えそうな気味の悪さに満ちていますね。ただのでたらめではなくて何か一貫してるんだけど、その一貫性を支える法則は目に見えない、というところから来る怖さ。「ガス室」の映像を貫いてるのもそういう怖さでした。
たとえばこの十倍の文字数があれば、多少のイメージの外しが出ても数打って無意識に当てていく、みたいなことが可能かもしれないけど、たった八百字の中で正確に無意識という的を射抜ける人にしか、こういう作品は書けない。どうしたらそんなことが可能なのか分からないので、私もこういう作品ができることなら書きたいんだけど書けない。どうにもならない。ほかにこういう作品を書く人も見あたらない。だからこの人が次に書くものを待ちつづけるしかない。
一日も早く作品集が出て欲しい、あちこちの雑誌に新作が載るようになってほしいと、純粋に読者としての立場から願ってやまない作者の作品です。

てのひら怪談〈2〉ビーケーワン怪談大賞傑作選