『てのひら怪談2』を1/10読みながら(その3回目)

三回目をやります。朝晩咳が止まらなくてつらいです。

灯台」牧ゆうじ

この作品、まず文章が好きです。文章にかぎっていえばこの本の中で一番好きかもしれない。
私は教養がないのでアホみたいなたとえになりますが、翻訳小説みたいですよね。○○文学、というのが具体的に出てこないんですがヨーロッパ系? たぶん二十世紀の小説と思うんですが。翻訳小説的だと思うのは、書き手が文学通だと何となく伝わるにもかかわらず、日本的な文学趣味みたいのが文章に全然ないんですよね。
極端な例ですが、私は旧かなで書いた現代小説というのは、よほどの覚悟かあるいは過激ないい加減さが書き手にないかぎり、気恥ずかしくて読むのがつらいと思うんです。旧かなまでいかなくても、過去のある時代の小説の日本語が懐古趣味と文学趣味を担ってゆるく現代の小説に持ち込まれる、という傾向は『てのひら』関連作品にも見受けられるけど、なんかそういうのはマニアどうしの目配せみたいで息苦しさを感じてしまう。また、そういう手段でたしかに作品に“重み”はつけられるんだけど、それに頼るのは手軽すぎるというか、作品の本当の重量とは違うのではないか、と感じるのです。
この作品も読む人が読めば特定の時代や地域の翻訳小説を彷彿とするのかもしれないけど、それは少なくともこの場(『てのひら怪談2』)では珍しいものだし、今の時代にネットで小説を書く人たちの主流、から少し外れたところにある孤高の風通しのよさ、みたいなものも感じられると思いました。手練でありつつ平凡な言葉だけで組み立てて、単なる雰囲気ではない独特な密度の空気をつくりだしている作品です。


少し具体的に見てみると、句読点の入るタイミングとか、単語の選択、文字数に対する情報の量とか、そういうところがツボを押さえているのではないかと思います。「白々と」「××君」(←ばつばつくん、と読みました)「たんたんと」「みるみる」「いよいよ」「次々」「ゆるゆる」という反復する音が頻繁に差し挟まれるところにも、何か催眠効果のようなものが生じていて、読み進むほど引き込まれるものを感じますね。
ふつうにこのままページが続いていっても読み続けたいと思える。短編以上のサイズで書かれたところがもっとも想像しやすいというか、きっとこの人の書くものは長くても安心して読めるだろうなと思いました。作者にこの先を書く準備があるかどうかと関係なく、この文体じたいがおのずと作品を作り出すように感じるからです。そういう意味で小説家的な資質に恵まれた書き手だと思うし、純文系八百字怪談のひとつの規範になりうる作品でもあると思います。


言い換えれば、この作品は八百字である必要は必ずしもないのかもしれない。たまたまこの字数だからここで終っている、という感じはたしかにするんですね。字数の枠から内容を逆算された痕跡とか、無理に枠に押し込めた窮屈さがあまりないというか。この短さではちょっと物足りない(それは美点だと思うけど)ところも含めて、八百字であることの必然性というのはわりと薄いかもしれない。
でも私にとっては何よりも、掌編向きと思えないこういう息やや長めな文学的文章(not 文学趣味的文章)でも掌編は書けるのだ、というのが発見であり心動かされた点でした。こういう文章でも八百字で怪異の発生現場をとらえて余韻を残すことくらいまでは可能なのだよ、という実例を示されたということですね。
好みを言えば今後こういう作品がもっと増えて欲しいと思うけど、たぶんコンテストで上位入選を狙うには不向きではあるでしょう。この書き方だと、怪異の全体像みたいなものまではフレームに収まりきらないと思うし、何百作もある中の一作として目に鮮やかな輪郭を残す、というわけにはいかなそうだから。
その点、小説としてはどこか奇形なもののほうが八百字怪談では強い印象が残せる気がしますね。つまり、普通に小説がうまいことが必ずしも有利ではないと思うんです。この作品は、八百字というフレームに尺を合わせていかないところでぎりぎり成立している、この特異な形式を何かもっと大きな“文学”が一瞬通過していった痕のような、そんな成り立ちをしているんではないかなんて思いました。


ところで同じ作者の、単行本には収録されていない「思い出」という作品があります。
http://blog.bk1.jp/kaidan/archives/002789.html
読んでいただけば分かるとおり内田百間(たとえば「冥途」)を彷彿とする作品で、ただ百間とくらべると表現の生硬なところも含めてやはり翻訳小説的でもあり、「灯台」とくらべるといっそう掌編向きには見えない文章でもあるんですが、にも関わらず掌編として間違いなく成立している。私は「灯台」よりこちらのほうが好きだし、この作者の魅力もこっちのほうがより現れているような気がするんですよね。

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てのひら怪談―ビーケーワン怪談大賞傑作選