オヤユビ怪談

バラ線のむこうも道は続いている。私だけが引っかかって取り残されたのだ。

太鼓

バラ線に囲まれた墓石がびっしょり濡れている。おやおや、まだこんな夢を見ているのかと墓の下の自分を起こそうと思うが、痛くて近づけない。太鼓がどろどろ鳴っている。

回転

回すと首の抜ける娘たちが曲がり角ごとに立っている。家に招く客を捉まえるために。遠くからそっと覗けば曲がり角の先は真暗な森林だ。私も娘の首を回したくてたまらない。

船長たち

私達の揃った酒場を訪れたのは船長だった。すぐにうちとけ法螺話に花が咲く。そこへ別の船長が現れると「奴は偽物だ」と船長を指さした。指さされた船長は鮪の頭になった。

円枢閣

午後遅く、弟子の円枢閣が電話に出ると無言で切れたといって腹を立てている。三回目には私が出ると相手は仕入先の紙屋で「先生の家は犬が電話を取るのですか」と驚いていた。

雑踏

床下が雑踏のように騒がしいので零時になったのだと分かる。毎晩日付が変わると五分間だけそれは続くのだ。畳を上げて覗けば音は止むが、その分翌日に雑踏の時間が長くなる。

階段の絵

階段の途中に絵を飾るのはよくないよと四垣さんに言われた。階段ではじっと眺める人がないから絵の柄が変っても気づかれない。ゆえに呪術の装置に使われやすいのだという。

にせもの

偽物の両親が私の働かないことを嘆くので「偽物の癖に煩いんだ」と怒鳴りつけた。二人は顔を見合わせ「いつから知ってたの?」と訊いたが「俺には分かるのだ」とだけ答えた。

庭掃除を弟子の円枢閣に命じて外出した。帰宅すると庭が線香臭い。「ひと掃きするたび人骨が浮いて出るので供養していた所です」そう云って掌に見せたのは錆付いた釘だった。

食堂

とび回っている蠅を店員の大女が何度も打ち損じた。そのたびテーブルで箸立てが揺れた。よく見ると女の眉から細い糸がのびて蠅と繋がっている。あれで考えが伝わるのだろう。

ある朝隣家に通夜が明けたところへ、回覧板を届けにいくと留守だった。無用心にも開け放った玄関から死人の寝る部屋が覗き、電話のベルが切れては鳴るを繰り返している。

お遣い

弟子の円枢閣が重箱一杯に人骨を抱えて帰ってきたので、赤飯を買いに行ったのではないかと質すと、途中墓場で交換して参りましたという。骨はいずれも短い小児のものだった。

通院

ボタンをまばらに留めたシャツの男が、隙間から長い草を垂らし億劫そうに病院に入っていった。それを見ていた主婦が噂話を始めたのを聞くに、男はかつて庭師だったという。

歩行屍

首を刎ねられた日本人はこう歩く、という教育映画が水族館の暗さを利用して水中に投影される。切腹の誤った解釈が字幕で流れ、まばらな客の中の黄色い顔が屈辱に歪む。

池から顔を出したのかと思うと、そうではない。 池に顔が浮かんでいるのだ。 顔のない男はそれを拾おうとして、手のひらが空を掴んでいる。 時々しぶきをあげるのは蛙である。

散歩

道から手の届きそうなところに、黒い環を浮かべている。星でなければ人の頭だろうと思う。数あるクレーターが防犯灯を浴びながら、いっとき、死相のかたちを揃えてみせる。

場所

飛び降りだった。 遺体が運び去られ、人型のチョーク痕が残った。 新旧ふたつの輪郭が、覆いかぶさるように重なる。 スカートの裾から四本の脚が覗くのを見た人がいる。

向日葵

墓地にはひょろ長いひまわりが咲いていた。時々おじぎするように揺れる。おじぎされているのは岸さんちの墓で、このところ毎年誰か亡くなるのだが、きまって暑い盛りである。

河原

お手玉が落ちていたので拾うと、石ころだった。捨てるとそれはお手玉に見えた。拾うとまた石ころだったので、川に放り込んだ。帰宅すると、寝たきりの祖母の髪が濡れていた。

ほんとなの

拾ったアニメ大音量で 見ながら噛むと苦い薬 ビールで胃に詰めてた ら急にあたし前世で同 じ事したの憶い出した ッて母にメール打つと 即効返事は神様からペ リカン便が来たみたい

木曜の朝

玄関に見覚えのない靴があり、左右の大きさが大人と子供のように違っている。

ある花の名

遺作が公開中の俳優についてこんな噂が流れた。撮影後俳優は海外で客死したのだが、滞在先のホテルが現地語で遺作のタイトルと同じ名前だった。遺体は部屋で発見されたのだ。

×

たった今取り落としたように足もとにある花束。ガードレールに腰かけた女の子のぶらぶらさせてる靴、のかかとから白線にこぼされつつある水、水。だんだん色づいていく。

階段に踏み忘れてきた段がある気がして寝付けなかった。 いつのまにか頂上に立ち、ほかとは色の違うその部分を見おろしている。 みっしりそこにだけ生えた草が揺れている。

会社

窓に人の気配がないので取り壊すのかと思っていた。 十年がたち、ガラスは割れ荒れ果てた室内が覗くけど、今もときどき社名が入れ替わっている。 誰も出ない電話が鳴っている。

墓の隅

隅ノ墓という醜名の相撲取りがドアレンズを外から覗き込んでいる。「八卦よい見えるぞ、あばら骨に隙間あらば郵便受けになるなり、さああ残った」途中から裏声に変っていた。

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首のない胴体がつきまとう私は胴体のない首なので、舌で這って逃げる。

旅行者

味が思い出せぬまま金は払った。案外に安い。 路地から見上げれば屋号に「肘」を意味する名詞のみ辛うじて読める。 砂埃が吹きつけると背広の右袖が旗のようにゆらりと揺れた。

巣窟

蛾の大きいのが窓でばたついていた。入院してる知り合いの顔が浮かんで仕方ない。奥さんに電話すると話中で、今朝見たみじかい夢の報告を義母にしている。夫が妊娠する夢だ。

不案内

終点に着く前にバスは空になった。団地のどん詰まりから先は海で、運転手は右手で目障りな蠅を払う。すると質問が止んだ。 断崖にいたる道筋を、云いさした舌先が乾いている。