物語の記憶喪失

『タイタンのゲーム・プレーヤー』フィリップ・K・ディック
長編に破綻がつきもののディック作品中でもとりわけ破綻してるらしい一編。と聞けば大いに期待してしまうのだが、意外とそんなに滅茶苦茶でもないんじゃない? ていうかどこが破綻してるかよくわかんないんだけど? と思ってしまった私はまちがいなく、そもそも小説の筋や伏線がまるで読めない読者なわけです。登場人物の名前もすぐ忘れるし、作家のなしとげた仕事の大半は私の頭の中で台無しですよ。瓦礫の山と化すわけですよ。そんな痴呆的な救いようのない読者にとってディックは、救世主のように理想的な読書体験を提供する稀有な作家だ。
話がどんどん大きくなってるんだか小さくなってるんだか分からない、拡大と同時に縮小してるかのようなストーリー展開。地球を一周する旅行をしてたはずの人が突然、部屋で地球儀を眺めてるだけだったと気づく瞬間が訪れるのがディックの醍醐味である。そしてこの作品に限っていえば、地球儀だったと気づいて以後も旅はむりやり続行、気づかないふりしてあまつさえ宇宙旅行にまで飛び出てしまう。比喩的にいえばそういうことが起きてる。
読みたい小説は必ずしも書きたい小説に一致しないけど、この小説はこんなふうにぜひ書きたいというひとつの理想のモデルとして心にとめておきたい。と思いました。