fiction

崖 踏切を百年かけて渡るために幾つの線路が必要か?という計算に必要な私の歩幅を測るために生乾きのコンクリートを歩いていると、世界がそこから半分に割われた形跡のある垂直な断崖を端まで歩ききってしまいぽかんと波しぶきを見下ろしているうちに靴ごと…

幽霊と僕は カーブミラーにカーブミラーが映り込んでいる曲がり道の、鼻歌で自転車を滑らせてくる男とすれ違いながら僕がのぼる夕方。カーブミラーに映っていたほうのカーブミラーが間近に迫ると、今度はたくさんの墓石が歪んでそこに映っているのだ。 幽霊…

それは義務であり妄執 首斬りセンターに運び込まれた巨人化した少女(三階の高さに達している)の実母は、娘の首を自宅に持ち帰ることをかたくなに拒んだ。 それでなのかどうか、所長はドラム缶ほどある少女の頭を転がしながら廊下を走る。 途中すれ違いきれ…

顔に迷路 街にあふれる色とりどりの肌の人たちの顔にそれぞれ迷路への入口があいている。これを(1)すべての顔は唯一の同じ迷路への複数の入口である か(2)すべての顔は複数の異なる迷路へのそれぞれ唯一の入口である かで揉めた挙句(3)複数の迷路は潜…

蜘蛛の多いお天気 標的が昆虫からノーネクタイのサラリーマンに替わったようだ。すっかり干からびたのがあちこちに首を垂れてぶら下がっている。新しい夏の風物詩として。

雨の日は蝿が飛ばない 君があのおぞましいお喋り魔を妊娠してるあいだ、ぼくはやたらと話の腰を折られてうんざりしながらテーブルクロスの端で眼鏡を拭いていた。なんて品のない冗談! あいつはもうじき出口になる君の部分のことばかり話題にしたがる。いっ…

ワーム 迷路はひろがり続けた。一国の領土をこえて拡大した迷路は他国のそれとつながり、国を飲み込んで巨大化しながらやがて大地を覆い尽くす。さらに海底を這いずるようにひろがったすえ地表を征服したのちは地底を掘り進め、虫が林檎を食い荒らすように惑…

花嫁は奈落の底に 巨大なピンが屋根の上に載っているからといってボウリング場ではなかった。かつてそうだったとはいえ、今は違う。今はここは若者たちがスマートなフォームで得点を競う健全な娯楽の空間ではない。ピンの倒れる軽快な響きが建物のあちこちで…

土地の連鎖 家があるはずだった場所に顔があった。土地に目鼻があらわれて大きな口はしきりに動いて何かを言っている。 だが声がしないので顔は頬をひきつらせ視線の先を流れていく星座に話しかけているようにしか見えない。ほんとうはこの次に家が消え顔が…

栄光の世界 あいつの醜さにはだれもが一目置いている。人類に可能な醜さの限界に挑戦する勇敢なあいつに、誰もが心から拍手を惜しまない。私も可能なかぎりの援助をたった今申し出たばかりだ。 「大した額ではないが、ボーナスは全額君に寄付することにした…

蜂 彼女たちの中でもっともパンツをはき忘れていそうな女、であるひとみさんが銃を抜くと、そのアシナガバチみたいな不穏な銃身に弾が込められているかどうか不安で例によってぼくのひざは震える。やつらは逆に命拾いの期待にうち震えながら、銃口に視線をね…

ある遅刻 エレベーターで迎えに行くと十七階には、すでにくたびれかけたニュータウンが広がっている。きみはバス停で、こないバスを待つかわりにぼくが「開」ボタンを押し続けているドアに飛び込んでにやり、と笑うと 「あたし結婚しちゃったのよ」 と云った…

double 図書館の二階が病院の一階だった。図書館を訪れた人は目当ての本を片手に閲覧室へ階段をのぼっていく。二階にある閲覧室は病院のロビーでもあるのでページをめくっている人たちは順番に名前を呼ばれる。 診察室ではだけた胸に聴診器を当てられながら…

階段屋 階段を売りに来る男が遠くで三味線をかき鳴らしている。わたしは母に命じられて道路へ飛び出した。「おじさん!こっちこっち」すると階段売りの三味線は確実に近づいてくる。がらがらと滑車が引きずられ、砂利をはじきとばしながら階段の山をはこぶ。…

借家と私 仕事にありつけたので、今月の家賃がどうにか払えそうです。私の部屋の西側の壁の喉の高さにコインと紙幣の投入口があって、家賃はそこから毎月納めています。先月は支払いが遅れたため一晩で書棚から古本屋に高く売れそうな本ばかり抜け目なく全部…

無題 階段が階段と交叉している十字路に花束が置いてある。 今日の一首 だんだん坂に似てくる路をきのうから横ぎる猫が一緒じゃないの クーデター 母親の身体を乗っ取る胎児。かわりに母を子宮に閉じ込めて。 山際君 プールに水をためているあいだどうしてた…

クイズ 本当のドアはひとつもない。すべてのドアは偽物で、壁に描かれた絵である。 では問題です。私はいったいどうやってその部屋に現れたのでしょう? (答え:壁にドアを描いたとき一緒に描かれた。) 不正確な再現 積み木をかさねるみたいに物語をつくっ…

怖れ 改札口がわめきたてないよう猿ぐつわをかませる。駅に人格がないことを誰も知らないために。 団地の話 団地の果ては海に接している。そのことは噂で聞いたが、どの果てかまでは知らなかった。このたびわかったのは「すべての果てが」ということだ。 つ…

囮 苺畑で、そこにあるいちごぜんぶ踏んでしまってもいい、と唆(そそのか)されてきた女を羽交い絞めにする、男子アルバイトの募集。(ただし・女の下着には、時限爆弾のセットされている・ことが知らされない。苺畑は上手いおとりに過ぎなかった) 木星行き…

またたき 私が目をとじているあいだのみ目をあけている人がいる。彼と私で世界は正確に余すところなく、重なるところなく分け合われている。彼のまぶたは私の瞳であり、彼の瞳が私のまぶたになる。私たちはつねに同じ場所にいる。私は彼に会ったことがない。…

ガールフレンド爆破 スクールバスから降りてきたのは全員頭部が火の玉になった生徒たちで、あたりの気温がそのせいでにわかに上昇する。窓から覗き込むとバスの天井が煤けて黒い。頭が火の玉になった子供は顔の見分けがつかないので、迎えに来た親たちは着て…

齋藤君 齋藤くん、きみがくだものだったらよかったのに。きみがくだものなら私はよろこんで皮をむくよ、このナイフで。きみの頭をかかえこんでするすると、ナイフの下をすべらせていくと、太陽のひかりが透けるほどうすく剥けた齋藤くんの皮が私のひざのうえ…

続いてない廃墟ブック 監視カメラに悪態をつく寄り目の乞食を、週末のパーティーで特別上映する貴婦人とその愛猿フィッシュ・ボーボー。わざわざ貧民街に家を建てたのは不幸な人間生活の鑑賞と、自警を口実にした合法的な殺戮が目的だった。フィッシュのむき…

電話 テレビでアナウンサーが中国語で喋っている。砂浜に埋められていた死体の身元が判明したという。私は中国語がわからないがその部分だけははっきりと聞き取れた。掘り出された遺体の映像が五分間くらい無音のまま流されている。トイレからもどってきたら…

廃墟ブック 「最低の町だろう、住人が認めるんだから遠慮はいらん。最悪だ。まるで自分が死骸に産み落とされた卵みたいに思えてくる。ところで探偵さんは、蝿は好きか? この町は蝿が多い。喰いかけのフライドチキンでも放置すればすぐに繁殖する。金色のや…

001 U子の場合 誕生日に連れて行ってもらうつもりだったのが江ノ島だった。 ところが今年は誕生日が来なかった。わたしは二月二十九日生まれだから、オリンピックの年しか誕生日がない。 そう言うとみんな笑うけれど、本当にないのだ。前日とか、翌日に祝う…