fiction

ママは旅行好き 太陽の裏側にまわると小さな巣穴が無数にあいてそこから刑事が出入りしていた。 刑事の鼻はどれも太陽から垂れた白い糸に繋がれていて、遠ざかるほど鼻の穴からずるずると糸は伸びていく。まるで彼ら自身が太陽という巨大な凧の糸巻きになっ…

スイッチ 髪からうさぎの耳のはえた子供が数人、窓の外にならんで立っている。人間の言葉を理解しない。あるいは、言葉の存在そのものを知らないから、出て行けと私が門のほうを指さしても指先だけをじっと見ている。私の指はささくれが多くて旱魃の地面みた…

海の使者 首を取替え式にしたばかりの校長が、朝礼台で朝陽を浴びている。生徒は夏休みからこちら誰も帰ってこないので、がらんとした校庭でさえずるのはスズメだけ。ほかは何もない。背後に建つ校舎の窓という窓はカーテンが閉まり、校長の背中を映している…

耳をすませる ラジオは何も考えない。考えないで喋る。それがラジオだから。考えるのはぼく。考えても喋らない。それがぼくだから。ラジオを聞く。ぼくの考えをラジオで。この夏のぼくの考えを。喋る。ラジオが喋る。知る。ぼくの考えを。この夏のラジオで。…

当選 くちびるが「ふ」のかたちになった女の子が流しの下からあらわれてぼくに銃をつきつけた。 「あなたが最後に踏んづけたアリが当たりくじだったのよ」女の子はそう云って銃をもたないほうの手で髪をかき上げた。「だから連行するわね。拒否する権利はな…

髪 玄関に髪の毛が垂れ下がり、そのすきまから目が覗いている。ここは誰も来たがらない家だ。ドアをあけっぱなしで外出しても泥棒が入ることもない。友人を招んでもその日は用事があると断るし、しつこく誘うと音信普通になる。玄関に垂れ下がっている髪の毛…

蛇 東京タワーにからみついた階段が少しほどけて、垂れ下がった先っぽが地面に叩きつけられる。バラバラに分解した踏み板がはねかえって走行中の車に接触、車は傷ついてガソリン臭い血を流している。 ぼくたちは遥か上の階段からそれを見おろす。ずるずると…

埋葬 棺桶を担ぐ数人の男たちの黒服が道をわたっていく。ひとりは帽子を胸に当て片手で棺を支えている。そのせいか全体のバランスが悪く何度も立ち止まっては体勢を立て直す。けれど男は片手で持つのをやめない。しまいに帽子を落とした男が拾おうと腰をかが…

リスト 屋根から急に靴が降ってくるとしたら、それは屋根の上で裸足になった者がいるということだ。ぼくにはわかる。 靴底には簡単な手紙が一通入っている。今すぐ食べたいもののリストが添えられて。 返事と、スナックや缶詰の山ほど詰まった紙袋を託して弟…

黒い道 喉元をおさえつける指に力がこもると、堰き止められた血管の先が空虚な黒い道に覆われていくのを私は感じた。 そして朝。いつものようにカーテンの穴という穴から漏れる光。牛乳を注ぎいれたコップがテーブルに置かれ、ちいさな羽のある生物がひとつ…

ピクニック帰り まがりくねった道を川沿いに下ってきた。太陽が水しぶきを跳ねあげて何度も川面に身を投げる。そのたびぼくは目覚めて自分が道の途中にいるのを気づく。 「家族が出払ってしまった家の寝室で、目覚まし時計のベルが誰にも止められない」 とい…

w.c. 屋根の上を裸足で歩く弁護団から今夜の代表として一人、ぶら下がってくる。傘の柄を雨樋に引っかけてご苦労にも土砂降りの中を。 読み終えた新聞をぼくはどこかそのへんに放り投げた。パズルをぶちまけたように散らばる文字。 トイレから戻ったぼくが…

頭痛専用 密造された道路はいつもは湖の水草の下にかくしている。頭痛のひどすぎる晩にだけ運ばれてきて気が済むまで私の散歩道になる。 借りもの 知らない土地を夢で見るために枕にした枕木を、始発が走るまでに起きて線路の元あった場所までもどしてくる。…

不適切な映像 腋毛をはやしていて美大生で裸のモデルもやります。みたいな顔で待ち合わせの場所に立っていた女に早口で挨拶すると私は刷り立ての名刺を一枚渡した。 「すっごい文字ですねこれは。鏡文字にしか見えないです」 女はさっき私が電車の中で思いつ…

ノック 踏み外されたあとも階段は二階へとつづいていった。 悪い母親はぶざまにひとり一階へ転げ落ちていった。 二階へたどり着くと階段は、まっすぐに廊下を進んでぼくの部屋の前に立つ。 ラジオの音量を下げてぼくは耳をそばだてた。 階段はドアの外でまだ…

思い出の一例 屋根のうえで赤いランプがぴかぴか回りつづけるお部屋だった。 素肌に包帯だけ身につけてる友だちが、夜の静けさにまぎれてよく眠ってる。 きみのにおいにいかれちゃった犬がよだれ垂らしてしっぽ振りながらついてきた。 夜の半分が終って。 猛…

兄 「あの雲をよく見て」と妹が言った。「パパのしかめっ面に似てると思わない?」 窓に夕陽が当たり、目の中にオレンジ色の光が吸い込まれてくる。 「ハンバーガーはいつからこんな値段なんだい?」ぼくは訊ねた。「釣銭を見てびっくりしたよ」 「さあね。…

ハンバーグ・ハンバーグ 警官は指がほころぶほど強く握り返した右手で俺の組織に侵入し、裏返りながらすっかり溶け込んでしまうと制服と制帽が太陽の照りつけるコンクリートに転がった。 「こいつを便所に捨ててきてくれ。中身は見るなよ」 そう鳩の言葉で鳩…

ある交通網 どうにもなんないけど、寝るよ。そう云って彼は眠りに落ちた。 八時間後に演奏されるアラームは、星のまたたきを秒針でかきまぜた響きをしている。半死人を叩き起こすにはもう少し耳に刺々しさが欲しい。これではいっそうぐっすり寝入ってしまい…

天使の誘惑 部屋の真ん中で死んでいる昆虫をぼくは生活のへそと名づけた。動かさないように気をつけて翌朝をむかえると、壁の借金メーターが500をさしている。昨日は300をちょっと越えるくらいだったのに。 首をくくるか就職するかでぼくは揺れ動いた。犬と…

人間には表紙しかない 君の顎にナイフを入れて何枚も何枚もめくった顔のどこまでが顔だろう? 腹で降る雨 赤いレインコートから手だけがのびていて誰も着ていない。手は傘を握っていた。傘は霧雨に吊り下げられたように浮かんでいた。 積み木塔 エレベーター…

円盤からアジビラ きみがいつもより正気なのは黒いカプセルのせいじゃなく、きみが正気に見えるくらいぼくの頭にアジビラが降るからだ。 つくりかたを知らないぼくらが黒いカプセルを買うために、あんなイヤなこと、そんなツライことをしてまでこの世で金を…

ひまわり 仕事もないのにこんないい天気だ。 いい天気だからって、どこに出かけるにも金はいるのだ。 たとえ金はいらなくても気力が少しいる。 金がないので気力が出ない私は、このいい天気を、カーテンで半分隠れた網戸の窓越しに寝たまま見あげる。 ひこう…

心臓団の三人 ぼくらはたった三人の団体だった。ぼくらは「心臓団」を名乗った。 団旗には真っ赤な心臓がひとつ描かれた。モデルになったのはK子の心臓だ。 「かわいく書いてよね。冬眠中のカエルみたいに」 注文をつけながらK子はシャツの裾をまくり上げ…

月は太陽の幽霊 掘り進むのは井戸でなくらせん階段なので、私たちの関心はやはり消えることのほうにある。森がそこで内側に尽きているような、くり貫いたような空き地で。それぞれの方角から、それぞれの獣道をつかい迷い込んできたぼくと、彼女と、君と、あ…

体内時計の夏 短針がハートに突きつけているあいだ長針がその他臓腑をひとつごと示し、秒針がそれらを景気よく順番に刎ね落としてまわるだろう、神よ。よく灼けたアスファルトにきみの五臓六腑が出そろうまでの時間わずかに十一分。 某工場長 まがりくねるこ…

蝋製喜怒哀楽 快速の止まらない駅の伝言板で人間宣言を済ませてきた元・蝋人形のありさがはじめて目撃した人身事故の現場は、こうした事故のうちでもっとも酸鼻な様相を呈しており具体的にいうと裂けたシャツの切れ目から血液とともに内臓が線路にはみだして…

冥王星までタクシー 毎朝起床後三十分もあれば完全無欠な美しさを手に入れることができる君にさえ、深々とああいう種類の穴のあいてる恐怖についてぼくはいくらでも語れるだろう。 (近くで見ると目玉は充血して皮をむいた葡萄のようだね) ではごきげんよう…

スパイ写真 この国はつねに頭上から見わたされているのだ。将棋盤上の駒のように人は頭頂部にそれぞれの役割を文字で記されながら、頭上の視線が帯びていく躊躇と決断の色合いをからっぽな自由意志をもって即座に代行する。 たとえばこの写真に見覚えはない…

ダリアから歯と蝿 事故現場からの中継にあいつは贋の雨として降りそそいだ。つまり茶の間にふさわしくない路上の肉片や血だまりを残らず洗い流したのはあいつの功績だが、誇り高いその微笑に漏れなくモザイクが掛かり視聴者の好奇心をいたずらに刺激する結果…