2005-01-01から1年間の記事一覧

ルールはめぐる

図書館へ行ったが何も借りてくるのをやめた。すでに借りて途中まで読んでいる『小説修業』(小島信夫・保坂和志)が読み終わらなくなるような気がしたから。 今私は「図書館で本をたくさん借りていると結局どれも読まずに終る」というルールの世界に入り込ん…

地獄の日

近所の図書館のヤングアダルト・コーナーに芸能人のサイン色紙が三枚飾ってあることにこないだ気づいた。(コバルト文庫の『ケータイ・プチポエム』という本を借りに行ったのだ。) 少年隊のニッキとヒガシ、あとなぜかカッちゃんのはなくってもう一枚は滝川…

不潔な女からの手紙 運ばれていくあいだ、口の中で自分が何ごとか呟くのを感じていた。内容はまるで聞き取れなかった。内容などなかったのかもしれない。内容のあることを喋っている意識などなかった。頭はからっぽで頭蓋の壁のひびわれから星の浮かぶ黒い空…

女児

広島の小一女児殺害(段ボール梱包)事件で県警が情報提供をよびかけるために公開した、下校当時の被害者の服装を示すイラストがそこはかとなく心霊的(たとえば霊能者が心霊スポットなどで霊視した死者の姿をスケッチしたものを思わせる)であることの不安…

顔 耳をすませると、耳をすませる音だけがきこえる。誰もいないのではない。耳をすませる者だけしかいないのだ。踏切越しに見合わされる、名のない顔の群れのように。 ナイフ 夜に寝室にいる。窓ががたがた震えるほど闇が押しつけている。ガラスに映る髪の毛…

廃人の仕事 片足をひきずりながら歩く女には意識がなく、ひきずられているほうの足だけが今では女に残された唯一のものである。あとのすべては天上からふりそそぐ見えない糸の操作が女の意志を肩代わりしている。 女は時間をかけてたどりついた玩具売場のレ…

排水口 煙草のヤニで汚れたスクリーンが、演技や特殊メイクではない本当に殺害されたばかりの若い男を淡々と映し出している。そのとき私は直前に駆け込んだトイレで、ひとりで用を足していた。トイレの蛍光灯は切れ掛かっており、頭上で点滅するせいで私の前…

ボール 新宿行きのブランコが人身事故で朝から止まっている。家の中では肌寒いくらいだが、庭に出ると日なたは袖をまくって丁度いい暖かさなので私は、玄関の鍵をかけ忘れたまま散歩に出かけた。公園に行きたいと思ったのだ。坂の途中にある公園は坂道と同じ…

河原 犬が犬の眼で迷路の入口を見すえている。脱がれていくシャツのように裏返りながら犬の頭に吸い込まれていく通路が、いわば迷路の外側に属する空間ごと(巻き込みながら)畜生の世界に移築される件について。私はとくに何も考えたりそれ以前に気づくこと…

ドールハウスの工員 たいていの天井に頭をこすりつけてしまう、まれに見る大男であるあいつの唯一の趣味は人形遊びなのだ。老若男女、容姿や素性のさまざまな人形があいつの古ぼけたおもちゃ箱に詰め込まれているが、中でもお気に入りは外科医のボビーという…

怪談と近況

ビーケーワン怪談大賞応募作のうち、「歌舞伎」以外で出来を自分で気に入ってる話をこちらにも(怪談大賞ブログでは全応募作が今も読めるようです)貼りつけておきます。自分用保存版。あの短期間によく五本も(没のを含めるとそれ以上)書いたもので、ああ…

短歌日記

今年の題詠マラソン投稿歌からの自選二十首。 タイトルは…とりあえずなしです。無題。 砂利道で森をめざすと馬がいて馬には馬の恋人がいる 爆弾と大和撫子はこばれてゆく首都高の出口すべてに 自動ドアって書いてるだけのただのドア閉めにいく家族をぬけだし…

普通の貧乏な日々。mixi日記より転載。

某月某日 今しがたチキンラーメンを食べた。 晩ご飯が貧乏ナポリタン(スパゲティのケチャップ炒め。具はキャベツだけ)だったせいかお腹が減ってしまい、なけなしの備蓄食糧に手をつけてしまったわけです。 残り一個になった。 チキンラーメンはなかなかい…

潜水夫 私には手の届かないものが、お前のふところに転がり込む。目を丸くして、大声をあげて、大げさな身振りでお前はそれを見せにくるだろう。きいちごのジャムで汚れた皿にひとすじの髪の毛。壁に掛けられた潜水服を、私はそこにいる誰かのように眺める。…

クイズマスター復活 解答者席にならんだ顔はどれも青白く生気がなかった。今週の第一問目が読み上げられても、誰ひとりボタンを押さないどころか身じろぎすらしないので、初老の司会者はとまどいと苛立ちの混じった目でスタッフに何かを訴えかけている。 四…

電話 恋人を寝取られた女がテレビを消したことも忘れ、放心した顔のうつっている画面を眺めている。何時間も同じ姿勢で。 画面の中で電話が鳴ったので、テレビにうつっている女が立ち上がって受話器を取った。 「はい。いいえ違います」 聞いたこともないへ…

ママは旅行好き 太陽の裏側にまわると小さな巣穴が無数にあいてそこから刑事が出入りしていた。 刑事の鼻はどれも太陽から垂れた白い糸に繋がれていて、遠ざかるほど鼻の穴からずるずると糸は伸びていく。まるで彼ら自身が太陽という巨大な凧の糸巻きになっ…

スイッチ 髪からうさぎの耳のはえた子供が数人、窓の外にならんで立っている。人間の言葉を理解しない。あるいは、言葉の存在そのものを知らないから、出て行けと私が門のほうを指さしても指先だけをじっと見ている。私の指はささくれが多くて旱魃の地面みた…

海の使者 首を取替え式にしたばかりの校長が、朝礼台で朝陽を浴びている。生徒は夏休みからこちら誰も帰ってこないので、がらんとした校庭でさえずるのはスズメだけ。ほかは何もない。背後に建つ校舎の窓という窓はカーテンが閉まり、校長の背中を映している…

耳をすませる ラジオは何も考えない。考えないで喋る。それがラジオだから。考えるのはぼく。考えても喋らない。それがぼくだから。ラジオを聞く。ぼくの考えをラジオで。この夏のぼくの考えを。喋る。ラジオが喋る。知る。ぼくの考えを。この夏のラジオで。…

当選 くちびるが「ふ」のかたちになった女の子が流しの下からあらわれてぼくに銃をつきつけた。 「あなたが最後に踏んづけたアリが当たりくじだったのよ」女の子はそう云って銃をもたないほうの手で髪をかき上げた。「だから連行するわね。拒否する権利はな…

髪 玄関に髪の毛が垂れ下がり、そのすきまから目が覗いている。ここは誰も来たがらない家だ。ドアをあけっぱなしで外出しても泥棒が入ることもない。友人を招んでもその日は用事があると断るし、しつこく誘うと音信普通になる。玄関に垂れ下がっている髪の毛…

短歌日記

菊の環で埋め尽くされた晴れた日にヘリポートから盗む白線

tanka

蛇 東京タワーにからみついた階段が少しほどけて、垂れ下がった先っぽが地面に叩きつけられる。バラバラに分解した踏み板がはねかえって走行中の車に接触、車は傷ついてガソリン臭い血を流している。 ぼくたちは遥か上の階段からそれを見おろす。ずるずると…

埋葬 棺桶を担ぐ数人の男たちの黒服が道をわたっていく。ひとりは帽子を胸に当て片手で棺を支えている。そのせいか全体のバランスが悪く何度も立ち止まっては体勢を立て直す。けれど男は片手で持つのをやめない。しまいに帽子を落とした男が拾おうと腰をかが…

短歌日記

こちらでですでに公開審査も始まっている第4回歌葉新人賞。ネット上で公募される短歌の新人賞です。歌人の荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘の三氏が審査員。10月には最終審査が公開の会場で行われ受賞作が決定します。 一昨年、昨年につづき今年も候補に残ること…

リスト 屋根から急に靴が降ってくるとしたら、それは屋根の上で裸足になった者がいるということだ。ぼくにはわかる。 靴底には簡単な手紙が一通入っている。今すぐ食べたいもののリストが添えられて。 返事と、スナックや缶詰の山ほど詰まった紙袋を託して弟…

黒い道 喉元をおさえつける指に力がこもると、堰き止められた血管の先が空虚な黒い道に覆われていくのを私は感じた。 そして朝。いつものようにカーテンの穴という穴から漏れる光。牛乳を注ぎいれたコップがテーブルに置かれ、ちいさな羽のある生物がひとつ…